デジタル大辞泉
「元仁」の意味・読み・例文・類語
げんにん【元仁】
鎌倉前期、後堀河天皇の時の年号。1224年11月20日~1225年4月20日。
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出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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げんにん【元仁】
日本の元号(年号)。鎌倉時代の1224年から1225年まで、後堀河(ごほりかわ)天皇の代の元号。前元号は貞応(じょうおう)。次元号は嘉禄(かろく)。1224年(貞応3)11月20日改元。天災の凶事を断ち切るために行われた(災異改元)。『周易正義(しゅうえきせいぎ)』『博物志(はくぶつし)』を出典とする命名。1219年(承久1)に、源実朝(さねとも)(第3代)が暗殺されて以降、鎌倉幕府の将軍職は元仁年間も引き続き空位のままだった。執権は北条泰時(やすとき)(3代)。
出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報
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出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の元仁の言及
【元号】より
… 公卿の審議の結果を天皇が勅裁して改元が行われるという上記の手続の形式は後世まで引き続き行われるが,中世以降武家政治の時代になると,武家側の意向が改元の上にも及んでくることは避けられなかった。鎌倉時代に元仁の改元(1224)の後まもなく幕府より異議が出されたため,翌年嘉禄と改元したごときはその一例である。また,室町時代には年号案の選定から改元の施行日にまで幕府が容喙(ようかい)したこともあり,武家側の要請により改元したことも一再にとどまらない。…
※「元仁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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