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北村サヨ きたむら サヨ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北村サヨ きたむら-サヨ

1900-1967 昭和時代の宗教家。
明治33年1月1日生まれ。山口県の農家の主婦。稲荷行者の教えに帰依(きえ)して神がかりを体験し,昭和20年辻説法を開始。22年宗教法人天照皇大神宮(てんしょうこうたいじんぐう)教を設立。既成の権威を全否定する教えを説き,無我の舞をまい,「踊る宗教」として注目された。昭和42年12月28日死去。67歳。
【格言など】蛆(うじ)の乞食よ目をさませ,神の御国は今できる

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世界大百科事典 第2版の解説

きたむらさよ【北村サヨ】

1900‐67(明治33‐昭和42)
俗に〈踊る宗教〉として知られる天照皇大神宮教の教祖。サヨは山口県熊毛郡田布施町の農家の主婦であったが,失火を苦にし,それがもとで稲荷行者の信仰に深く帰依するようになった。1944年軍隊に召集された息子の身を案じ,突然神がかり辻説法を開始。サヨは〈蛆(うじ)の乞食よ目をさませ,神のみ国は今できる〉といって,既成の権力を否定し,新しい神の手による国家建設を叫び,民衆の共感を得た。【小栗 純子】

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大辞林 第三版の解説

きたむらさよ【北村サヨ】

1900~1967) 天照皇大神宮教(踊る宗教)の開祖。山口県生まれ。1945年(昭和20)に開教。戦後の社会を利己主義で堕落していく「うじの世」と呼び、宇宙絶対神が自分の腹に降り、「うじの世」の終わりと神の国の到来とを告知したと説く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北村サヨ
きたむらさよ
(1900―1967)

天照皇大神宮教(てんしょうこうたいじんぐうきょう)(踊る宗教)の教祖。山口県玖珂(くが)郡日積(ひづみ)村(現柳井(やない)市日積)に生まれ、21歳で同県熊毛(くまげ)郡田布施(たぶせ)町の北村清之進(せいのしん)に嫁ぐ。男勝りの陽気で世話好きな女性で、姑(しゅうとめ)の課す重労働にもよく耐えた。浄土真宗の篤信者だったが、1942年(昭和17)自宅の火事をきっかけに祈祷師(きとうし)平井憲龍(けんりゅう)と知り合い、水行(すいぎょう)や神社への日参を始めた。2年後、腹中に神が宿るという神がかりを体験してカリスマ的資質を身につけ、45年(昭和20)に彼女を中心とする教団が形成された。「蛆(うじ)の乞食(こじき)よ目をさませ」という説法と「無我の舞(まい)」とで、「踊る神様」として有名になる。以後、国内や世界20か国以上を布教に巡り、信者を育てた。[藤井健志]
『森秀人著『蛆の乞食よ目をさませ』(1970・大和出版)』

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