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天照皇大神宮教 てんしょうこうたいじんぐうきょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天照皇大神宮教
てんしょうこうたいじんぐうきょう

北村サヨ (1900~67) を教祖とする新宗教。 1945年,絶対神天照皇大神が農家の主婦である北村の肉体に降臨したとし,以後地上における神の国の建設と世界平和達成の教えを説いたのに始る。六魂清浄により神の子 (真人間) として再生することを説き,信者は名妙法蓮結経と称えつつ踊るので「踊る宗教」とも呼ばれる。教典は『生書 (せいしょ) 』。特定の教師をおかず,信者は現職をもちながら布教にあたる。本部山口県熊毛郡田布施町。公称信徒数約 46万人 (96) 。

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百科事典マイペディアの解説

天照皇大神宮教【てんしょうこうだいじんぐうきょう】

新興宗教教団の一つ。教祖は山口県熊毛郡の農婦北村サヨで,1942年ごろ神啓を受け,自分は天照皇大神宮一人娘で,自身こそ大神であるとの自覚に達して開教した。我欲を捨て無我の境に達すれば,神人合一すると説き,無我の舞をおどるので,戦後〈おどる宗教〉として喧伝(けんでん)された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天照皇大神宮教
てんしょうこうたいじんぐうきょう

北村サヨが1945年(昭和20)に創唱した新宗教。彼女を宇宙絶対神の宿る人間とみて、その説法を信奉する。教義では、自己中心的な心を捨て、無我の境地に達することが人生の目的とされる。信者はこの境地を象徴して「無我の舞(まい)」を舞うため、通称「踊る宗教」といわれた。祈るときには「名妙法連結経(なみょうほうれんげきょう)」と繰り返し唱える。内省を重視して仏壇や墓をもたず、いわゆる祖先崇拝は行わないが、その世界観には憑(つ)き物(もの)などの民間信仰的要素も認められる。第二次世界大戦直後、北村サヨのカリスマ的魅力も手伝って急激に組織が大きくなった。本部は山口県熊毛(くまげ)郡田布施(たぶせ)町にある。神社数1、その他267、信者数48万0446(『宗教年鑑』平成26年版)。彼女の死後は孫娘の清和(きよかず)が後を継いだ。[藤井健志]
『森秀人著『蛆の乞食よ目をさませ』(1970・大和出版) ▽渡辺雅子著『救いの体験と論理』(宗教社会学研究会編『宗教の意味世界』所収・1980・雄山閣出版)』

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世界大百科事典内の天照皇大神宮教の言及

【北村サヨ】より

…俗に〈踊る宗教〉として知られる天照皇大神宮教の教祖。サヨは山口県熊毛郡田布施町の農家の主婦であったが,失火を苦にし,それがもとで稲荷行者の信仰に深く帰依するようになった。…

【田布施[町]】より

…山口県南東部,熊毛郡の町。人口1万6203(1995)。南は周防灘に面し,田布施川が中央を南東流する。中心地の田布施は明治後期に山陽本線が開通してから発展した地方商業都市であるが,近年は隣接の柳井市の商勢に押されて商業はあまりふるわない。田布施川沿いと海沿いの干拓地に水田が開け,米作のほか肉牛・乳牛の飼育,養鶏が行われる。周防灘に浮かぶ馬島ではクルマエビの養殖が盛んである。県内最大の横穴式石室をもつ後井古墳や国森古墳がある。…

※「天照皇大神宮教」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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