ヒトを対象とした生物化学(生化学)で、医歯学の基礎、あるいは医歯学的応用を目的とした分野である。生物化学は化学的手段によって生命現象を解明する学問、いいかえれば生物体がどんな物質から成り立っているか、それらの物質がどのようにして合成され、分解されるか、これらの化学物質が生体システムのなかでどんな機能を営んでいるかを明らかにする科学の一分野である。生物化学が一つの学問分野として一般に認識され始めたのは1920年以降といわれるが、それ以前から医学、農学、生物学、化学などそれぞれの分野での生物化学的知識が断片的に蓄積され、しだいに今日の生物化学が形成された。生物化学によって、生命をもつものは微生物でも植物でも動物でも、その構成成分や代謝様式に共通したものがあることが明らかにされつつある。
一方、このような生命現象の共通性の解明と同時に、各種の生物あるいはそれぞれの組織、臓器の生物化学的特異性も明らかにされる必要があり、医学的応用を目的とし、ヒトにおける特異性および異常な代謝経路、とくに遺伝的代謝異常もその対象としているのが医化学である。病気の診断、検査に対象が絞られた場合は臨床(生)化学clinical(bio)chemistryとよばれることが多い。しかし、1970年代からは、日本の多くの医歯科大学で医化学という名称は用いられなくなり、これを生物化学の一分野とする傾向がみられる。
さらに、21世紀に入って、応用生物化学は広くライフサイエンス(生命科学)として、ゲノム時代からポストゲノム時代へ向かいつつある。
[有馬暉勝・有馬太郎・竹内多美代]
基礎医学の一部門として,生体とその生活現象を主として化学的な面で取り扱う生理学。広義の生化学の一部とも考えられるが,あくまで医学として,診断,治療,衛生と密接なつながりがあり,それらに役だてる目的をもつ。人間も単細胞生物も,その構成物質の性状については本質的に大差のない面が多く,また化学の技術上の制約から,人間を直接対象にできない場合も多いので,医化学においても簡単な生物についての研究が重要な意味をもっている。したがって生化学の大部分とも密接な関連をもっているが,とりわけ消化・吸収・呼吸・循環・排出の生化学,代謝学(中間代謝,エネルギー代謝,生体酸化還元),栄養学,細菌学,臨床生化学,血清化学,化学療法,病態生化学(たとえばホルモン異常,腫瘍,新陳代謝病,各種遺伝病,炎症などの生化学)などが現在では重要視され,医学教育でも初歩的な生化学一般とならんで,いくぶん詳しく教授されている。生化学が近来各種実験技術の進歩によって長足の進歩をとげたことと,その本来の性質上の理由もあって,医学の全分野にわたって密接な関係をもつにいたったことで,現在では医化学以外の部門においても,医化学と区別できない,あるいは医化学とまたがる研究にたずさわる医学者の数がはなはだ多い。
医化学の思想の発生は古く,栄養学などではすでにヒッポクラテス(前5~前4世紀)のカロリー説,エラシストラトス(前3世紀前半)の栄養試験のようなものが存在するが,17~18世紀にいたって化学が進歩し,19世紀初頭になると,J.F.vonリービヒらの有機化学者によって生化学・栄養学が,C.ベルナールらの生理学者によって生理学の化学的面が発達して,医化学は生理学から独立した一分科となってくる。日本では,隈川宗雄が生理学講座の中に医化学の講義も受け持ち,1893年以後,単一の講座に分離したのが最初である。
執筆者:中尾 真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…なかでも〈精〉,つまりすべてをつらぬき不完全なものを完全化する霊妙な物質の探究は,〈エリクシルelixir(錬金薬)〉(アラビア語al‐iksīrに由来し,英語読みではエリキサー)作り,すなわち金属の粗悪さを治すとともに,人間の病気をも治す特異な薬剤の探究に向かった。 さらに10~13世紀にかけて,イブン・シーナー(ラテン名アビセンナ),イラーキーal‐‘Irāqīなど,医化学に興味をもつすぐれた哲学者たちがたくさん輩出した。〈精〉について記述した《エメラルド碑板》という作者不明の短い文書も見逃すわけにはいかない。…
※「医化学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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