日本大百科全書(ニッポニカ) 「医療経済」の意味・わかりやすい解説
医療経済
いりょうけいざい
医療資源の最適配分、医療サービスの効率化など、医療の経済的側面をいう。医療経済学medical economicsということばが使われるようになったのは1950年代のアメリカで、1962年には第1回医療経済学会が開催されている。日本において医療経済学が一つの分野として認知されるようになったのは1970年代に入ってからで、1973年(昭和48)に東京で開催された国際経済学会International Economic Associationが「健康と医療の経済学」をテーマに掲げたことなどが刺激となって、医療費、医療保険などの問題を中心に徐々に研究が進められるようになった。
[一杉哲也・羽田 亨 2022年6月22日]
医療費の増大
日本国民が支払っている医療費(国民医療費)は、2019年度(令和1)で約44兆円、対国民所得比11.06%である。しかもこの比率は年々増大しつつあり、ある推計では2025年には13.2%に達するという。この増大傾向は、第一に医療費の高騰、第二にとくに高齢化に伴う医療需要の増大に基づいている。
医療は一般に、診断とそれに結び付く医療からなる第一次医療(いわゆるプライマリ・ケア)、入院による第二次医療、そして難病に対処する第三次医療に分けられるが、第三次医療こそ医療技術進歩の中心である。日本の医療は従来、薬剤を中心としていたが、1960年代後半から医療機器が急速に使用されるようになった。そのためますます大型・高価な機器・設備が要求され、さらに医療サービスの複雑化がその分化をもたらし、専門を異にする人々の分業体制のもとに診断・治療が行われるようになった。これが医療費高騰の大きな原因である。
次に医療需要においては、65歳以上の比重増大が目だつ。総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は2019年において28.4%であるが、国民医療費に占める65歳以上の老人医療費の割合は61.0%である。
かくして、今後とも医療技術が進歩し、かつ人口の老齢化が進み、国民すべてに高次医療が利用できるようになるにつれ、国民医療費はますます巨額に達するであろう。
[一杉哲也・羽田 亨 2022年6月22日]
医療費の負担
国民医療費を支払う主体は三つに分けられる。第一は生活保護法、老人福祉法などに基づいて公費が負担するもの、第二は全国健康保険協会管掌健康保険(旧、政府管掌健康保険)、組合管掌健康保険、国民健康保険、各種公務員共済などの社会保険制度による保険者負担であり、第三は患者の自己負担である。国民皆保険制度により第二の比重がもっとも高いが、その値は減少しつつあり、第一と第三の比重が増大しつつある。
[一杉哲也・羽田 亨 2022年6月22日]
医療経済の問題点
医療は自由な市場機構に任せることができない。多くの患者は治療内容について深い知識をもたず、医師すなわち供給者側の供給に依存する。つまり供給が需要をつくる特殊な経済である。技術進歩と高齢化により医療経済が巨大化していくとき、それに見合う医療システムをどのように形成していくかが最大の問題点である。それは供給が需要をつくることに依存する乱診・乱療であってはならないし、一部高所得者のみが高次医療を得られるものであってはならない。しかし国民健康保険の赤字にみられるように、そのようなシステムの形成はまだ予測することができない。
[一杉哲也・羽田 亨 2022年6月22日]