日本大百科全書(ニッポニカ) 「技術進歩」の意味・わかりやすい解説
技術進歩
ぎじゅつしんぽ
technical progress
一般的には、新しい生産方法の発見や効率的な生産方法の導入の結果、生産能力が増大することをいう。より広義には、シュンペーターの「技術革新」innovation概念があるが、現代経済学ではより限定して、技術進歩を時間の経過とともに生産関数が上方へシフトするプロセスとしてとらえることが多い。そして、そのプロセスが外的要因による場合を外生的技術進歩exogenous technical progress、なんらかの経済内部のメカニズムによる場合を内生的技術進歩endogenous technical progressとよぶ。
[羽鳥 茂]
外生的技術進歩
外生的技術進歩は通常、体化された技術進歩embodied technical progressと、体化されない技術進歩disembodied technical progressとに分類される。前者は、技術進歩の導入は最新の技術を体化した新しいビンテージvintage(製造年月日)の資本設備や、新しい技術知識をもった労働力の投入によって行われると考える立場であり、この場合、時間t(≧0)における生産量Y(t)は
で与えられる。ここでKt、Ltはそれぞれビンテージtの資本と労働である。後者は、資本や労働などの生産要素の投入が新鋭であろうとなかろうと時間の経過につれて同じ要素投入の組合せから生産量が増加する、すなわち、技術進歩は新旧すべての生産要素に平等に及ぶ、と考える立場であり、一般に生産関数を
Y(t)=F[K(t), L(t), t], ∂F/∂t>0
と書くことによって表される。
以下、技術進歩が経済に及ぼす影響、とくに所得分配への効果を考えるために、後者の体化されない技術進歩について述べる。
一般に、ある成長経路上で技術進歩が所得分配率を不変に保つ場合、この技術進歩を中立的neutral、労働のシェアを高める場合を労働使用的labor usingあるいは資本節約的capital saving、資本のシェアを高める場合を資本使用的capital usingあるいは労働節約的labor savingとよぶ。そして、成長経路の特定化に応じて次に掲げる三つの代表的な中立性の基準がある。
(1)ヒックスの中立性Hicks neutrality 資本・労働比率K/Lが一定である成長経路上で、要素価格比率t/w(wは賃金率、rは資本のレンタルないし利子率)が不変であれば、技術進歩は中立的である。同じ経路上で、rの上昇率がwの上昇率よりも大きければ(小さければ)、資本使用的(労働使用的)である。技術進歩がヒックスの意味で中立的な場合には、生産関数が産出量増大的output augmentingに
Y(t)=A(t)F[K(t), L(t)],
dA/dt>0
と書かれることが知られている。ここでA(t)は時間tでの技術水準を表す。
(2)ハロッドの中立性Harrod neutrality 産出・資本比率Y/Kが一定である成長経路上で、利子率rが不変であれば、技術進歩は中立的である。同じ経路上でrが上昇(下落)するならば、資本使用的(労働使用的)である。技術進歩がハロッドの意味で中立的な場合には、生産関数が労働増大的labor augmentingに
Y(t)=F[K(t), A(t)L(t)],
dA/dt>0
と書かれることが知られている。
(3)ソローの中立性Solow neutrality 労働生産性Y/Lが一定である成長経路上で、賃金率wが不変であれば、技術進歩は中立的である。同じ経路上でwが上昇(下落)するならば、労働使用的(資本使用的)である。技術進歩がソローの意味で中立的な場合には、生産関数が資本増大的capital augmentingに
Y(t)=F[A(t)K(t), L(t)],
dA/dt>0
と書かれることが知られている。
これら三つの中立性基準の相互関係についてみてみると、証明は省くが、次の二つの命題が導かれている。第一に、三つの中立性基準のうち、任意の二つが成立するならば、残る一つも成立する、ということである。第二に、三つの中立性基準を同時に満たすのは、生産関数がコブ‐ダグラス型、すなわち
Y(t)=A(t)KαL1-α, 0<α<1
であるとき、かつそのときだけである。
また均衡成長との関連では、経済が均衡成長の状態にあるときには、技術進歩がハロッド的中立でなければならないことも知られている。
[羽鳥 茂]
内生的技術進歩
内生的技術進歩には次の二つのアプローチが考えられている。一つは、技術進歩のレベルを内生化しようとするもので、いわゆるR&D(research and development)やアローの学習理論theory of learning by doingがそれである。前者は、積極的な研究開発投資によって技術進歩は実現すると考え、技術水準ないし技術進歩率を研究開発投資の増加関数として定式化する。後者は、日常的な経験の累積(学習)によって技術進歩は実現すると考え、とくにアローの定式化では、学習効果は累積「粗」投資の単調増加関数とされる。いま一つは、技術進歩のタイプを内生化しようとするもので、誘発的技術進歩の理論theory of induced technical progressとして知られている。それによれば、技術進歩のタイプは資本と労働の相対的な費用に依存して企業利潤を最大化するように選択される。そして、いくつかの条件下においては、長期的にはハロッド中立的な技術進歩が導かれることなどが知られている。
[羽鳥 茂]
『荒憲治郎著『経済成長論』(1969・岩波書店)』▽『佐藤隆三著『経済成長の理論』(1968・勁草書房)』▽『E・バーマイスター、A・ドベル著、大住栄治・佐藤隆三訳『現代経済成長理論』(1976・勁草書房)』