老人問題(読み)ろうじんもんだい(その他表記)problems of aging

日本大百科全書(ニッポニカ) 「老人問題」の意味・わかりやすい解説

老人問題
ろうじんもんだい
problems of aging

高齢者および老年期に関連する社会問題の総称。近年「老人」ということばを嫌う向きもあるので、本項では従来から慣用的に用いられてきた老人を冠にすることばはそのまま用いるが、それ以外はなるべく「高齢者」を使うことにする。

 年老いた者には貧乏と病気が大敵であり、彼らを社会的弱者であるとする認識は古くからあった。子供の出生数が多く平均寿命も短い時代には、多くは家制度と祖先崇拝や敬老思想によって老後の生活が安定していたから、社会問題として顕在化することはなかった。高齢化社会の到来によって子供の出生数は半減し、平均寿命の延長によって、もはや70歳は字面の意味でいう「古稀(こき)」とはいえなくなった。2007年(平成19)の時点で日本は男性の平均寿命が79.19年(歳)、女性が85.99年(歳)となり、男性はアイスランドの79.4年(歳)に次いで第2位だが、女性は第1位で、全体では世界第一の長寿国となっている。

 また65歳以上の老年人口も2008年には2821.6万人となり、全人口中に占める老年人口比率が過去最高の22.1%となった。老年期の長期化は、老年人口の量的拡大だけでなく、老後の生活の多様化をもたらし、貧困や疾病のほかに精神的孤独や生きがい喪失など、人間関係的諸問題を社会的に顕在化させてきた。人口の高齢化とともに心身に障害をもつ介護を必要とする高齢者も増えたが、比較的健康で自己実現や社会活動へのニーズの高い高齢者も大幅に増えたのである。

[那須宗一・吉川武彦]

老人問題の発生要因

老人問題の発生要因として大局的な見地から次の7点を指摘することができる。

 第一は、産業構造ならびに就業構造の変化を指摘する必要があろう。第一次産業就業者比率の低下および自営業階層(自営業主、家族従事者)の減少は、高齢者の家族的就労の場を少なくし、他方、雇用階層の増加は若年者の地域移動となって現象するため、親子の職種的分離を促進するとともに、家族の居住地分離を進展させた。被用者の数が7割を超す現代社会では、地域共同体の伝統的紐帯(ちゅうたい)も雇用階層の多い居住地域からしだいに弱まり、人口の都市への集中による住宅事情の悪化もまた高齢者の家族生活を不安定なものにしている。

 第二には、生産技術の進歩が指摘できる。急速な技術革新は長年の経験と知識よりも新しい技術への適応力を要求するため、高齢者の就労機会は、低賃金と職業能力の低評価に特徴づけられる劣悪な労働条件下の零細企業や家内企業に限定されてくる。加えて生産技術の進歩は高学歴化をいっそう進展せしめ、その結果としての教育費の増加と子の独立期の後退は、家族の高齢者や障害者など老弱者扶養能力を減退させる。

 第三に、定年制が普及したことを取り上げないわけにはいかない。企業別に凹凸はあるものの現在90%を超える企業が定年制を採用しており、ほぼ全社会的規模で定着しているとみることができる。しかしながら年齢による身体的・精神的機能の変化には個人的差異が大きく、したがって労働能力の減退する時期を画一的に規定することはもともと困難である。それにもかかわらず企業論理や社会的要請に基づく雇用調整の一環として定年制が広がりをみたことは、高年齢者を労働市場から強制的に排除することを容認したことともいえるもので、高齢者問題を考えるうえではきわめて問題であり、高齢者を経済的困窮に陥れ「貧困高齢者」を社会的に生み出す構造がそこにはある。

 定年制が広がるということを、高齢者の収入の減少につながる経済的な問題にのみ限定して考えてはいけない。定年制によって生産的な社会から締め出された高齢者にとっては、社会的に評価される機会を一方的に剥奪(はくだつ)されかねないことから、社会的孤立が進むおそれがあるからである。一方、高齢者の所得保障の制度的問題として考えなければならないことも多い。定年年齢と年金支給開始年齢との乖離(かいり)が指摘できるからである。一律定年制を定めている企業のうち定年年齢が60歳以上となっているところはほぼ100%となってきたことからも、定年制における平均定年年齢は年々高くなってきていることは明白である。しかしながら公的年金制度の適用を受ける厚生年金の受給開始年齢はおおむね65歳であり(当分の間、60歳以上65歳未満の者に特別支給の老齢厚生年金が支給される)、定年到達者の多くは、一時的にせよ所得保障の空白期間を経験するところとなりきわめて不安定な経済状態に置かれることになっている。

 第四に、出生率の低下によってもたらされる労働力人口の中高年齢化があげられる。労働力人口の減少と中高年齢化は、高齢者を扶養する稼働人口層への課税負担を否応なく増大させる。老年期の年金による所得保障が現状のままであれば、将来、高齢者の経済状態は危機的状況に陥ることになる。またさらに問題としなければならないことは、平均寿命の男女の乖離であろう。それは現行の年金制度下では女性の無配偶高齢者の増大が見込まれることから、高齢化が進む女性の老後所得への不安が高まることになると予想されるからである。

 第五に、核家族化の進展も老人問題発生の促進要因であると指摘できよう。第二次世界大戦前の多子・直系家族的な形態と比較して、戦後の少子・核家族的形態のもとでは家族の私的扶養能力は全般的に著しく減退する。とりわけ長期にわたる看護と介護を必要とする寝たきり老人、認知症老人を抱える家族の負担は大きく、ひとりっ子同士の結婚による夫婦双方の両親の介護問題や、介護される親も介護する子供もともに60歳以上という事態も社会問題となっている。

 第六に、第一や第二、あるいは第三のところで取り上げた意味とはやや異なった形で、産業構造の変化と急激な経済変動を取り上げる必要があると考える。巷間(こうかん)でいわれるように、日本の産業構造は鉄工業や自動車産業に重心を置いた重厚長大な産業構造から、コンピュータ関連産業や情報産業に重心を置いた軽薄短小な産業構造に変化した。これは世界的な傾向であるが、いち早く産業構造の変換をした日本は未曾有(みぞう)の好景気を経験したが、底辺の整備が不十分であったこともあって凋落(ちょうらく)もまた早くきた。こうした産業構造の変化が高齢者問題を発生させている。

 さらに追い討ちをかけるように、急激な土地の値上りによっていわゆる地上げが行われ、長年住んでいた所から老人は追い立てられ、住処(すみか)を失った。さらにバブル経済の崩壊とともに押し寄せた金融不安は、老人たちの貯蓄に襲いかかり、年金と貯蓄の利息によって老後の生活を安定的に過ごそうとしてきた老人たちを不安に陥れている。そこにも新たな老人問題が発生している。

 第七に、第六で取り上げた意味とはやや異なった形で、長期不況を取り上げる必要がある。バブル経済の崩壊以来、日本の経済は長期にわたる不況に陥り、雇用不安が増大していることは改めて取り上げる必要もないし、またリストラが広がっていることも同様である。ただ、このために高齢者雇用に関心が集まらないことは老人問題発生の要因として考慮すべきことである。中高年の自殺急増は、こうした雇用不安と無関係でないことは失業率と自殺率とが相関関係にあることからみてもわかる。マクロな経済状況を考慮すれば、日本における老人問題がこうした社会経済状況によってさらに深刻化していることを察知しないわけにはいかない。

 以上みてきた諸要因による高齢者の生活構造の全般的変化は、社会全体がこれまで高齢者をどのようにみてきたかを考え直させるよい機会であるとすらいえる。このため、高齢者に対する価値観や社会の認識を根本的に見直す必要に迫られることになる。これに成功すれば、高齢者に対する視点が変わることによって老人問題の対象範囲が拡大され、さらに多様性をもたらすことになる。

 つまり、老いを生物的淘汰(とうた)の自然現象とみることや、高齢者を社会的弱者として社会的評価を低いところに置くことはもはや許されなくなったというべきであろう。それはとりもなおさず高齢者の能力の再評価と再開発が社会的要請となって顕在化すると考えてよい。しかしながら、これを新たな用語でいう「老人力」というならば、このような老人力の再評価や再開発に対する社会的要請が新しいものになることによってさらに老人力が高まるともいえるわけで、こうした相互作用がないと社会的評価や存在感を得たいというニーズの高い高齢者層に情緒的な孤立がさらに高まることが予想される。

[那須宗一・吉川武彦]

老人問題の諸局面

老人問題は、60歳代、70歳代、80歳以上の年齢段階や、健康、虚弱、寝たきり等の健康状態によってもその様相を異にする。またさらに、男性と女性では生理や生活上の経験を異にするとみなければならない。ここでは老人問題の五つの局面について考えてみたいと思う。

〔1〕所得・収入 具体的現象としては貧困問題となるが、最低生存費の確保を基底として考えるだけでなく、生活欲求の水準も高まるなかで老年期の文化的で健康な生活ニーズを充足するに足る経済的自立を基底に問題は考察されなければならないことを指摘しておきたい。生活保護を受けている世帯のなかで高齢者世帯の占める割合は1995年(平成7)に45.1%であったものが2006年には56.0%になっていることからも喫緊の課題であることが理解されよう。

〔2〕健康 疾病と健康保持への関心は老後の生活欲求のなかでもきわめてその比重が高いものであるが、具体的には、老化に伴う疾病の治療と治療の長期化に伴う看護とこれらの疾病に基づく生活障害にかかる介護問題があり、施設処遇と在宅処遇および医療と福祉の双方をコーディネートする地域社会のケアが重要な問題になる。また、老人医療費の負担軽減を図るためにも、予防的な保健と回復のためのリハビリテーションは今後の健康対策の重点となるだろう。

 とはいえ、老化が進めば精神的にも身体的にも機能低下が起こり、老人性疾患も負うことになり、高齢者が健康生活を送りにくくなることも確かなことである。2000年(平成12)4月から導入された介護保険法は、その意味でも重要な高齢者施策である。その要点は、介護度の判定とケアマネジメントの導入にあるが、さまざまな問題が残されているとはいえ、高齢者を介護する家族などにとっては介護保険の導入によってかなり負担が軽減されることになった。この介護保険法も2005年に(1)予防重視型システムへの転換、(2)施設給付の見直し、(3)新たなサービス体系の確立、(4)サービスの質の確保・向上、(5)負担のあり方・制度運営の見直し、(6)被保険者・受給者の範囲の見直しなど大幅な見直し改正が行われた。

〔3〕住宅・居住環境 公的老人ホームに入居する高齢者の多くは経済的な問題を抱えているばかりでなく家族内トラブルを抱えることも多く、情緒的安らぎを圧迫しない住宅の確保が求められている。このため住宅の周囲には公園や広場といった屋外生活空間の整備、とりわけ、有職高齢者の健康管理と退職高齢者の利用しやすい社会的資源(ショッピングセンター、飲食店、図書館、学校、スポーツ施設など)を充実し、屋外活動のニーズを高めるくふうがたいせつである。入居している高齢者のための施設を拡充するばかりでなく、高齢者と若者が共有できる空間を整備することも重要であろう。

〔4〕日常的活動 心身機能の低下による日常的活動能力と活動範囲の限定は、それが疾病という形態をとらないとしても、老年期の日常生活を決定づける特性である。そのために、要介護高齢者と同居する家族員が行う身の回りの世話や経済的負担を正当に評価する必要がある。その意味では、介護保険法が定めた一定の判断基準である介護度判定は、大きな進歩であるといえよう。今後はこれらの知見を十分に活用するとともに、地域実状を十分に勘案した介護度判定も行われるように考慮される必要がある。

 また高齢者が生活しやすい道路環境の整備・充実や、高齢者が外出しやすいサポーター制度の整備・充実が求められるところであり、さらにそれを前提としたサポーターへの交通費免除などを含む新たな交通システムの改善などがこの領域において問題となる。確かに、歩行者の事故のうち高齢者が占める割合は年々高くなるといわれている。さらに高齢者による運転事故も増加の一途をたどっている。しかしながら高齢者の社会参加の促進を図る意味からは、こうした事故などに着目するだけではなく、高齢者の安全性を重視した交通のあり方を模索するほか、地域ボランティアによる外出介護サービスなどを拡充して高齢者の社会参加の道をさらに拡大することが考慮されなければならない。

〔5〕社会参加 老年期における社会的孤立や情緒的孤独は、自殺、犯罪率の上昇といった社会的病理現象を惹起(じゃっき)する大きな要因となる。そこまで至らないとしても、無為の生活を送ることは必要以上に心身機能の低下を促進することになる。社会参加が社会的孤立や情緒的孤独の解消に果たす役割はおのずから限界があるとしても、生きがいとしての就労機会や趣味、教養、国際情報などの学習機会の提供は、自立能力の再開発の一契機として位置づけることが可能である。

 しかしながら、近年の老人クラブの衰退は目を覆うばかりである。1970年(昭和45)を100とした場合、2007年(平成19)の60歳人口は324であるにもかかわらず、老人クラブ数は149、老人クラブ会員数は159にしか過ぎない。1970年にはそれでも老人クラブ加入率は45.6%であったが2007年にはそれが22.5%に落ちてしまっている。その理由はいろいろあると考えられるが、やはり時代にマッチしたクラブ活動が行われていない傾向にあることと、当該地域における高齢者のニーズにマッチした魅力あるプログラム開発が不十分であったことを指摘しないわけにはいかない。

 1975年(昭和50)ごろから沖縄県那覇(なは)市の一老人クラブが始めた「元気な老人が一人暮らし老人や引きこもりがちな老人を元気づけるための訪問活動」は筆者の発案だが、1992年(平成4)からは国の助成事業となり、都道府県老人クラブ連合会を通して市町村老人クラブを助成している。今後は、こうした新しいニーズに対応できるプログラム開発を積極的に図る必要がある。

[那須宗一・吉川武彦]

高齢者対策の課題

このように高齢者対策は老人問題の諸局面に対応して考えなければならないが、国家レベルの対策として行うものは、年金による所得保障、就労対策、保健医療対策が根幹となる。2001年(平成13)1月に厚生省と労働省が一体化して厚生労働省となったことからも、高齢者の就労支援や所得保障と保健医療政策を連動させることが容易になったはずである。老いてもなお働きたいという高齢者が増えている現在、その就労支援対策は国としても全力を投入すべき時期にきているといえる。働くことが生きがいに通じる高齢者に対して就労の機会を与えることは、その精神的・身体的健康を高めることになるのは疑いを入れないところである。

年金による所得保障

1961年(昭和36)の国民皆年金制度の施行によって、すべての国民はいずれかの年金保険の加入者となったが、制度の未成熟や制度的分立によって多くの問題が存在している。まず第一に、権利として保障されるべき公的年金水準と国民の生活水準との乖離の問題があり、とりわけ生活保護法による保護基準と比較して、その見直しが問題となる。

 第二に、厚生年金と国民年金は基本的には「給付・反対給付均等の原則」という受益者負担の個人主義の原理が固持されているところから、老後の所得保障としての実質をもちえない状況がある。また、比較的高い給付水準を維持している各種の公的共済年金は雇用政策的性格をもっており、民間部門と比べて社会保障の公平性や公共性を損なうという指摘もある。また、厚生年金や共済年金の場合は遺族である配偶者に支給される年金がほぼ半額であったが、諸条件の違いにもよるものの現在では約4分の3となるように改正されている。とはいえ、家計支出の実態からみれば、これとてもきわめて論拠が薄弱であるという指摘もある。年金制度のもつ問題点はこのほかにも多々あるが、この制度の改革の基本を老後の所得保障に置くことから考え直さなければならないともいえよう。

 近年噴出した「年金問題」は、こうした本質的なものではなく、年金記録の正確さや記録の保持の問題に発しているものであり、ずさんな記録管理を指摘されなければならないとしても、年金は老後の生活保障にかかわるものであってその基本的性格からして、職業の有無や種類にかかわりなく、高齢者の経済的自立を可能とする必要生活費が社会的権利として保障されなければならないという点を再認識すべきであろう。

[那須宗一・吉川武彦]

就労対策

老人問題における喫緊の課題は就労機会の拡大・充実であろう。その対策の基本は定年制の延長にあるともいえるが、定年到達後の高齢者に対する対策に限定してみれば、一般の雇用になじむ労働力として把握されるおおむね65歳以下の高齢者を対象とした労働行政的対策と、一般的な定年到達後の就労機会の確保になじまない、65歳以上の高齢者を対象として福祉事業の一環として行われる民生行政的対策があるといえよう。さらにこれらの中間的性格をもつ対策もある。こうした中間的性格をもつ対策として高齢者事業団事業が1974年(昭和49)に発足(1980年シルバー人材センターに移行)し、各種事業を展開している。

 労働行政的対策の具体的なものとしては、高年齢者雇用率制度(法定雇用率6%)に基づく雇用の促進、職業訓練による能力開発や求職条件の向上、職業相談・紹介事業による雇用機会の確保などがあるが、就労機会の確保およびそこでの定着は依然として困難な状況下にある。高齢者雇用は景気に左右されることなく今後は拡大することが期待されるが、とくに規模の大きな企業は企業の社会的責任の面からも努力を惜しまないことが重要である。なお、雇用率制度を側面的に補完するものとして助成金制度があるが、これらは中小企業に対しては一定の効果があるとしても大企業に対しては実効性に乏しく、これからは大企業に対しては助成金制度とあわせて罰則制度が検討されてもよいであろう。

保健医療対策

高齢者保健医療対策の嚆矢(こうし)ともいえるものは、1963年(昭和38)に施行された老人福祉法によって実施されることとなった老人健康診査である。それ以来、さまざまな形で高齢者の保健医療対策が実施されてきたが、なかでも老人が医療保険で受療した場合の自己負担相当額を公費負担する制度として1973年に発足した医療費支給制度は、老人の受療を保障するものとして保健医療対策の中心的役割を果たしてきた。しかし、この制度の実施に伴い発生した医療と保険の間の負担の不均衡を是正することと各保健医療サービスの総合的実施の必要から、従来の具体的諸対策を統合する老人保健法が制定され1983年2月施行された。

 この老人保健法による制度的改革は大別して二つの問題を内包していた。一つは医療費自己負担相当額の一部再有料化問題である。医療費支給制度が開始されるとともに高齢者受療率の上昇がみられたが、これは高齢者の健康に対する不安の顕在化によるものといってよい。もしこの「健康保持のニーズ」を再有料化によって抑制することになれば、罹患(りかん)率の高い高齢者特有の疾病に対する受療機会の抑制につながることになり、それはとりもなおさず高齢者が期待する健康保障、いい換えると医療保障の後退につながるはずである。

 老人保健法に基づいて統合された諸対策は、在宅老人に対する保健医療サービスのうちでも疾病の予防、早期発見、早期治療に重点が置かれており、その限りでは、保健・医療の統合化として一定の評価ができた。しかし、在宅老人に対する保健と医療サービスの実質をなす看護と介護、およびそれらにかかる費用は、老人保健法によっても依然としてカバーされない領域であった。老人福祉法による在宅要援護老人に対する介護サービスの多くは適用範囲が所得によって制限されており、高齢者の福祉と保健・医療の統合性や日常性は実現しがたく、高齢者のニーズに対応した対策としてはなお不十分なものがあった。

 こうした課題の解決を目的として、1997年(平成9)12月に介護保険法が国会で成立し、すべての国民は介護が必要となったときには法が定める手続を経て、介護サービスを受けることができるようになったことはよく知られるところである。介護保険法は2000年4月から実施されているが、安定的なスタートが切れたとはいえず、さまざまな問題を抱えており改善が望まれていることも明らかである。その問題については他項に譲ることとする。

 なお前述したような老人保健法と老人福祉法の谷間にひそむ高齢者医療を確実に担保する意味で、2008年(平成20)4月から老人保健法を「高齢者の医療の確保に関する法律(高齢者医療確保法)」に抜本的に改正し、新たな高齢者医療制度を発足させたのは時宜を得たものといえよう。

[那須宗一・吉川武彦]

『N・ロバーツ著、三浦文夫監訳『老人問題』(1972・東京大学出版会)』『那須宗一他編『講座日本の老人』全3巻(1973・垣内出版)』『森幹郎著『老人問題とは何か』(1978・ミネルヴァ書房)』『『ジュリスト増刊総合特集12 高齢化社会と老人問題』(1978・有斐閣)』『三浦文夫他編『図説老人白書』(1980・碩文社)』『副田義也編『講座老年社会学』全3巻(1981・垣内出版)』『松原治郎編『日本型高齢化社会』(1981・有斐閣)』『福武直他編『21世紀高齢社会への対応』全3巻(1985・東京大学出版会)』『A・カムフォート著、宗恵子訳『ア・グッド・エイジ 高齢期の生き方』(1986・小学館)』『出井弘一・坂田義教編『21世紀の老人問題』(1988・学文社)』『小西康生編『老人の社会参加』(1989・中央法規出版)』『清山洋子著『高齢社会を考える視角』(1995・学文社)』『田中耕太郎・辻彼南雄編『老年学入門――これからの高齢者ケアのために』(1997・日本評論社)』『厚生省老人保健福祉局老人福祉振興課監修『新しい高齢者社会の創造――21世紀の高齢者像とは何か』(1997・中央法規出版)』『安達正嗣著『高齢期家族の社会学』(1999・世界思想社)』『吉川武彦著『高齢化社会――病院・家族・地域ぐるみの看護』(1999・ユリシス出版部)』『辻正二著『高齢者ラベリングの社会学――老人差別の調査研究』(2000・恒星社厚生閣)』『山路克文著『医療・福祉の市場化と高齢者問題――「社会的入院」問題の歴史的展開』(2003・ミネルヴァ書房)』『田中荘司編著『高齢者福祉論』改訂版(2007・建帛社)』『福田志津枝・古橋エツ子編著『これからの高齢者福祉』改訂版(2009・ミネルヴァ書房)』『那須宗一他著『老後を考える』(大和文庫)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の老人問題の言及

【老人福祉】より

…社会問題の一つである老人問題に対処するための社会福祉施策をいう。日本では1963年に制定・施行された老人福祉法が,その法的な基礎となっている。…

※「老人問題」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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