十二類合戦物語(読み)じゅうにるいかっせんものがたり

改訂新版 世界大百科事典 「十二類合戦物語」の意味・わかりやすい解説

十二類合戦物語 (じゅうにるいかっせんものがたり)

御伽草子絵巻,3巻。〈十二神絵〉〈十二類之絵〉〈十二類合戦絵〉とも呼ばれ,近世になって制作された異本をも含め,多くの模写絵巻が伝存する。異類物にとどまらず絵巻の代表作。《看聞日記》に将軍家にあった〈十二神絵〉の記事が再度見え(永享10年(1438)6月8日条,嘉吉1年(1441)4月4日条),《接綱御記》宝徳1年(1449)9月6日条に〈十二類絵三巻〉と見える。近年,後崇光院筆《粉河寺縁起》の紙背(伏見宮家文書,1452年(享徳1)写)に,従来欠けていた巻頭部などが書き記されているのが見いだされ,この格調高い土佐派の絵巻の制作の背景や年代がほぼ明らかとなった。《本朝画史》記すところの1451年(宝徳3)六角益継筆の〈十二支獣作人間之事業図〉も,現存三巻本の絵巻と関わりの深いことが裏づけられ,永享・嘉吉の交に,すでに数本存したことが明らかとなった。

 薬師十二神将の使者たる十二類(十二支の鳥獣)が月を題として歌合を催そうとするところへ,鹿が狸を伴って推参し,鹿は判者となり六番の歌合が行われ,乱舞(らつぷ),延年の宴となる。数日後,十二類は再び会合し,鹿を招こうとはかるが,断った鹿に代わって狸が推参し判者を申し出て横座(よこざ)に直るので,皆からさんざんに打ちたたかれて追い出されてしまう。狼の勧めで多くの鳥や獣をかたらった狸は,9月2日に夜討をかけようと議決する(上巻)。この評定は,国内通解(つうげ)のこととて,直ちに十二類のもとに届き,先手を打って8月晦日,張本の狸の陣に押し寄せ,狼を討つ。狸は古鵄(ふるとび)にそそのかされ,隠れ家の塚穴を出て,その夜のうちに十二類の野宿を襲って大勝し,愛宕山の城砦にたてこもる(中巻)。十二類は軍議の後,辰が小竜を集めて丹波路の搦手(からめて)から襲い,残りの者も大手から攻め上り,詞戦(ことばたたかい)があり,〈牛角(ごかく)〉の合戦の後,狸方の城を破ったので,狸は僧形に化け,愛宕山の中腹月輪寺つきのわでら)の御堂へ逃げ込む。一たびは恥をすすごうと黒塚にこもって鬼形となり,十二類を食おうとするが,犬にほえられてかなわず,あきらめて仏道に入らんと妻子とも別れ,法然上人の門をたたき,剃髪して花乗房(けじようぼう)と名のり,京の貒(まみ)阿弥陀仏道場に止宿し,さらに都を逃れ西山へ移り住んだが,和歌への執着は断ち切れなかった(下巻)。

 共通の画面や詞書は,寛文版《獣太平記》(2冊)に踏襲された。画面の余白に,絵解き風に,自由に対話や説明の詞句を書き込み,〈鹿待つ所の狸〉とか〈狸の腹鼓〉とかの起りを説き,歌合の和歌はもとより,対話も〈鹿仙(かせん)の一分〉〈犬死〉とか擬音語の〈渺渺びようびよう)〉〈来う来う(こうこう)〉など室町風の秀句にあふれ,南北朝以後の〈徒歩軍(かちいくさ)〉の乱闘のさまを描き,乱舞の謡い物の詞を記すなど,資料としてもきわめて貴重なものを含む傑作である。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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