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博多人形 はかたにんぎょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

博多人形
はかたにんぎょう

博多特産の土人形。博多近郊の粘土を原料とした素焼の人形に,泥絵具で着色したもの。慶長5 (1600) 年黒田長政が福岡城築造のとき,瓦職人正木宗七が余技に人形を作って献じたことに始るといわれる。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

博多人形

約400年前から福岡市近郊の粘土を用いて作られている素焼きの人形で、明治期に「博多人形」と呼ばれるようになった。原型を作って石膏(せっこう)で型を取り、型に粘土を押し詰めて人形の形を作る。乾かして焼き上げ、貝の粉や絵の具で着色する。題材は美人や歌舞伎・能の場面に加え、最近は干支(えと)の人形も多い。博多人形の一流の技を持つ伝統工芸士は49人。

(2006-02-18 朝日新聞 夕刊 2社会)

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デジタル大辞泉の解説

はかた‐にんぎょう〔‐ニンギヤウ〕【博多人形】

博多地方から産する人形。粘土を素焼きにして彩色を施したもの。能・歌舞伎・浮世絵などから取材したものが多い。

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百科事典マイペディアの解説

博多人形【はかたにんぎょう】

博多(福岡市)産の土人形。粘土で粗型を作り彫刻し,焼き上げたのち彩色。1600年瓦職人の正木宗七が製作し藩主黒田長政に献じたのが起源とされ,文政年間(1818年―1830年)に人形師中ノ子吉兵衛が制作した土人形が今日の博多人形の始まりとなった。
→関連項目博多[区]福岡[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

はかたにんぎょう【博多人形】

九州博多(福岡市)産の土人形。博多近郊の粘土を原料とした素焼きの人形に,泥絵具などで着色したもの。1600年(慶長5)藩主黒田長政がこの地に移封されて福岡城を築いたとき,瓦師正木宗七が城の瓦を焼いた余技に残りの土で人形を焼き,藩公に献上したのが起りとされる。正木家は以後,代々藩の御用焼物師としておもに実用品製作の家業を受け継いだ。文政年間(1818‐30)4代宗七のとき親交のあった人形師,中ノ子吉兵衛が宗七焼の陶芸の技法を生かして土人形を製作し,今日の博多人形の始祖となった。

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大辞林 第三版の解説

はかたにんぎょう【博多人形】

博多近辺で産する、粘土製の素焼きの人形に精巧な彩色をほどこしたもの。慶長(1596~1615)頃に始まるという。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

博多人形
はかたにんぎょう

福岡市(博多)産の土人形。一般に博多人形とよばれているものは、博多近郊の粘土を材料とし、人物を彫塑(ちょうそ)して素焼にしたものを泥絵の具などで着色して仕上げた作品である。浮世絵、能、歌舞伎(かぶき)などから取材した伝統的な造型のほか、現代風俗を扱ったものもある。優雅な美術工芸品で、博多名物の一つとして全国的に知られ、海外にも盛んに輸出されている。これらの作品は「新博多人形」として売り出されてきたもので、それ以前には「古博多土人形」ともいうべき作品群が存在した。
 その発生は1600年(慶長5)藩主黒田長政(ながまさ)の福岡築城の際に、瓦(かわら)職人正木宗七が、余技に陶製人形をつくって藩公に献上したのがおこりとされている。文政(ぶんせい)年間(1818~30)4代宗七のころ、親交のあった人形師中ノ子吉兵衛(なかのこきちべい)が、宗七焼きの技法を生かして土人形製作を創案、いまの博多人形の始祖となった。明治中期から末期には鑑賞用の飾り人形が主流となった。海外市場も開発されて、郷土玩具(がんぐ)の域を脱した存在に発展した。江戸時代の伝統をもつ古博多土人形は、中ノ子吉兵衛の後継者によって現在同県春日(かすが)市でつくられている。代表的な作品に「笹野(ささの)才蔵」がある。若衆姿の剛勇の士が御幣を持った猿を抱いた姿で、才蔵が痘児(とうじ)を全快させた故事から、これを子供の疱瘡除(ほうそうよ)けとする風習がある。ほかに、鯛(たい)抱き、土笛、土鈴、節供人形などがある。[斎藤良輔]

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