コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

原マルチノ はらマルチノ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

原マルチノ
はらマルチノ

天正遣欧使節副使。原鈍 (どん) 丸知野とも書く。肥前波佐見の出身。大村純忠の一族という。使節中最もラテン語に通じ,天正 18 (1590) 年帰国後,通訳として,またイエズス会出版物の補助者として活躍。慶長 12 (1607) 年頃まで長崎の教会で説教をしていたという。元和2 (1616) 年マカオに追放された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

原マルチノ はら-マルチノ

1569-1629 織豊-江戸時代前期のキリシタン。
永禄(えいろく)12年生まれ。天正(てんしょう)遣欧使節の副使として天正10年(1582)ローマにおもむく。18年帰国し翌年イエズス会にはいる。のち司祭。ラテン語にすぐれ,キリシタン版の出版につくす。慶長19年(1614)の禁教令でマカオに追放され,寛永6年9月7日死去。61歳。肥前波佐見(長崎県)出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

はらマルチノ【原マルチノ】

1568?‐1629(永禄11?‐寛永6)
天正遣欧使節の一員,イエズス会司祭。肥前波佐見出身。有馬のセミナリヨに学び1582年(天正10)遣欧使節としてローマに赴く。90年帰国し翌年イエズス会に入る。ラテン語に習熟し信仰書等の翻訳を行い,キリシタン版の印刷に関与。1608年(慶長13)司祭に叙階され,長崎で教会公証人として日本司教を助け管区長を補佐。日本人イエズス会会員の中心人物と目されたが,14年マカオに追放され同地で死去。【五野井 隆史】

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

原マルチノ
はらまるちの
Hara Martinho
(1568―1629)

天正(てんしょう)遣欧使節の1人。大村領波佐見(はさみ)(長崎県)に生まれる。有馬(ありま)セミナリオ(小神学校)の第一期生。キリシタン大名大村氏らが派遣した少年使節団の副使として1582年(天正10)長崎を出帆した。90年禁教令下の日本へ戻り、翌年天草(熊本県)にてイエズス会に入る。ラテン語に長じ、セミナリオの教師として、優れた説教家としても活躍した。長崎にて管区長秘書として、ことに出版事業に尽力し、文化史上に貢献した。1608年(慶長13)神父となったが、14年の禁教令のときマカオへ追放された。厳しい迫害の状況下にあって再入国の機会を逸し、かの地において寛永(かんえい)6年没した。[宮崎賢太郎]
『ルイス・フロイス著、岡本良知訳註『九州三侯遣欧使節行記』(1942・東洋堂) ▽デ・サンデ編、泉井久之助他訳『新異国叢書5 デ・サンデ天正遣欧使節記』(1969・雄松堂書店) ▽松田毅一著『天正少年使節』(角川新書)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

原マルチノの関連キーワードマルティン・ド・カンポ千々石ミゲル伊東マンショ泉井久之助セミナリオ伊東満所

今日のキーワード

テロ支援国家

国際的なテロリズム組織を資金や物資などの面から援助している国家。[補説]特に、米国国務省が作成する報告書で指定を受けた、イラン・スーダン・シリアの3か国のこと。北朝鮮は1988年1月に指定、2008年...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

原マルチノの関連情報