改訂新版 世界大百科事典 「厠神」の意味・わかりやすい解説
厠神 (かわやがみ)
厠(便所)にまつられる神。
中国
厠の女神,紫姑神(しこしん)のこと。中国では,すでに5世紀ころ,正月15日(元宵節)に紫姑神を迎えて,農作養蚕その他の事柄を占う習慣が行われており,その由来は古い。後の伝説では,紫姑は,唐の則天武后時代の官僚李景の妾で,何麗卿といい,美人で学問もあり,李景にたいへんにかわいがられたので,李景の妻に嫉妬され厠中で殺された。そこで天帝はこれを哀れんで神としたといわれている。近代でも,江蘇・浙江地方では,米をとぐざるを頭とし,紅い布を着せ紙花で飾り,細く削った竹を挿したものを,少女が持って軒下に立って呪文を唱えると紫姑神が下ってくる,これに婦人たちが種々のことを尋ねるという紫姑占いが行われていた。他の地方でもこれと大同小異で,厠神を,厠姑,七姑娘,坑三姑娘などと呼び,しゃもじ,ざる,ほうきなどの日常生活に用いる道具で神像を作り,厠のような不浄とされているところでこれを迎え,吉凶を尋ねたという。
執筆者:砂山 稔
朝鮮
朝鮮では,家庭内の守護神であるソンジュsǒngjuの配下にあって刑罰を執り行う気難しい若い女性の神と考えられている。便所の天井に布片や紙片を貼り付けたり吊るしたりする以外には神体を表示するものはなく,特定の祭日もないが,家庭の平安を祈る〈安宅〉の祭りには厠にも餅を供えたりする。またふだん便所を使用する際には,厠神の気を損なわないように咳払いをして告げてから入る習わしがある。
執筆者:伊藤 亜人
日本
日本の厠神は,正月に灯明をあげるほかはふだんは特別の祭りはない。神体がない場合も多いが,社寺からもらってきた御幣や,仙台付近のように男女の土人形を厠神としている例もある。金沢市では家の新築時に便壺の下に男女1対の人形を埋めるといい,また群馬県利根郡新治村須川では正月の御幣でセッチンヨメゴという人形を作って神体とする。注目されるのは,飛驒地方で厠神の手伝いがないと出産が軽くないとか,壱岐島で産神は厠神と箒神だといわれるように,出産と深い関係がある神であり,厠を掃除すると産が軽いとか,きれいな子が生まれるという地方は多い。出産後3日目に〈雪隠(せつちん)参り〉といって生児が産婆に抱かれて厠神に参る風も東日本を中心に見られる。また厠で唾を吐くものでないという禁忌も広く行われ,犯せば厠神が怒って目や歯にたたるという場合が多い。青森では,厠神は右手で小便,左手で大便を受けるので,唾をすると口で受けねばならないからだと説明している。突然厠に入ると厠神が驚くので,和歌山県では咳払いしてから入るものだという。厠神は盲目とか手無しだともいわれ,厠で倒れたりけがをすると死ぬという地方もあり,俗信の多く伴った神である。同じく家の神である竈神(かまどがみ)や井戸神と夫婦あるいは兄弟だという地方もある。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報