助産師のこと。出産を援助し、妊娠時から生児の看護まで関与する者。第二次世界大戦前にも、一定の試験に合格して免許を与えられていたが、1948年(昭和23)以後は保健婦助産婦看護婦法(2002年3月からは保健師助産師看護師法)により、一定年限の学業を修得し、国家試験に合格した者に限定される。しかし、明治末年ごろまでの村落生活では、地域の出産経験者や、器用な老婆がこれにあたった。トリアゲバアサン、ヒキアゲババ、コズエババなど、生児を胎内からこの世に取り上げ、人間として生育させる者という意味の名称が多い。アライババ、コシダキなどという地方もあるが、これらの名称には、子供に産湯(うぶゆ)を使わせる、産婦の腰を抱いて安産させるなど、産婆の仕事内容が表現されている。中世の文献にも「腰懐」「抱腰」などという文字があり、出産時における産婆の役割が理解される。伊豆新島(にいじま)(東京都)ではハカセバアというが、もとは出産には直接関係せず、難産のとき祈祷(きとう)したり、子供の成長を見守る者であった。ハカセバアの家では、ハカセという子供を守護する神を祀(まつ)っており、子供は7歳まではこの神の守護下にあるといわれている。産婆は産飯(うぶめし)、名付け、宮参(みやまい)り、食い初(ぞ)めなど、生児の生存が確認され、人間として形成されてゆく儀礼に、主客として招かれる所が多く、生児と深い関係にあることを示している。沖永良部(おきのえらぶ)島(鹿児島県)ではフスアジ(臍婆)といい、フスアジは臍(へそ)の緒を切るとき、生児にクレ(位・運)を授けてくれるという。生児の生命力は産婆によって左右されるというのである。産婆の機能は、直接助産を行うだけでなく、子供を守護する呪術(じゅじゅつ)者としての性格もあわせもっていたのである。近代化された社会では助産の機能のみ強調され、職能が分派して、技術的助産師と、呪術者としての産婆の2人が同時に出産に立ち会う所もあった。前者は職業的助産師であり、後者はトリアゲオヤなどとよばれる老婆である。産婆は、出産の忌みを穢(けが)れとみることによって、これに関与する者として賤業(せんぎょう)視された地方もあるが、本来は出産儀礼をつかさどる呪術者として、畏怖(いふ)の念をもってみられた。
[鎌田久子]
『鎌田久子・宮里和子ほか著『日本人の子産み・子育て――いま・むかし』(1990・勁草書房)』▽『鈴木七美著『出産の歴史人類学――産婆世界の解体から自然出産運動へ』(1997・新曜社)』
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…子の誕生は洗礼を受けるまでは完了しない。したがって,難産のとき体の一部が出たらすぐに洗礼を行うよう産婆が勧めたほど重要なもので,とにかく早くすませることが望まれた。その日取り,時間,洗礼の行列の次第,名付け親や司祭の行動などにも多くのタブーや注意すべき事柄が伝承されている。…
…助産の仕事は,古くから母親が自らの出産や育児の経験を生かして他の母親を助け,さらに次の母親へと受け継いできたもので,いわば,共同体内部の相互扶助として行われてきた看護の原型である。したがって,看護分野では最も早く職業として成り立ち,法的にも1899年に〈産婆規則〉が制定され,開業権を有している。
【現代の助産婦】
[資格と教育]
保健婦助産婦看護婦法(1948)では,〈厚生大臣の免許を受けて,助産または妊婦,褥婦(じょくふ)もしくは新生児の保健指導をなすことを業とする女子〉と定められている。…
…切るということばを忌んで,岩手県などではへその緒をツグという。へそをツグことは,母体から切り離して生児を一個の人間として独立させることなので,へそをツグ産婆(助産婦)は重い意味をもっていた。九州には産婆をヘソバアサンと呼ぶ土地があり,鹿児島県喜界島では産婆の役をフスアンマー(臍母)という。…
…後者のベラドンナとは,植物名としては猛毒性のナス科多年生植物を指し,少量なら鎮痛薬としての薬効がある。古典的著作《魔女》(1862)の作者であるフランスの歴史家J.ミシュレによれば,〈美しい貴婦人〉と呼ばれた産婆や女呪医たちは,1000年にわたって人々の病気治療に当たっていたのだった。自然魔術magia naturalisに通じ,おそらく鎮痛薬としてのベラドンナの薬効をも知っていた女性たちが,薬石や野草,小動物などを採集して,ときには悪臭を発する大釜のなかでエキスの抽出のためにそれをぐつぐつ煮立てていたというのが,シェークスピア《マクベス》の魔女たちの正体だったのである。…
※「産婆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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