改訂新版 世界大百科事典 「反応装置」の意味・わかりやすい解説
反応装置 (はんのうそうち)
reactor
化学反応を行わせるための装置で,化学反応装置あるいは反応器ともいう。反応装置では,原料物質から目的生成物への化学反応によって,物質の変化が生ずるだけでなく,反応熱に対応した熱エネルギーの生成あるいは吸収が同時に進行する。物質変化と熱エネルギー変化の両者が直接結びついているため,化学反応を円滑に行わせ,同時に熱的な操作でも安全に保つため,反応装置の大きさやその操作には慎重な配慮が要求される。とくに発熱反応の場合は,装置の大きさを変えることで,その両者のつり合いが破れ,装置内の反応速度が大きく変わる場合が多く,反応装置のスケールアップの問題点になっている。これは,一般に反応速度定数が温度についてアレニウス型で表せるような非線形性をもち,温度の変化に対して,反応速度が急激に変化することが,その要因でもある。
反応装置には,原料(反応物質)を仕込み,反応条件下で,所定の時間だけ反応させる回分式反応装置batch reactorと,所定の温度,圧力に保たれた装置に,原料を連続的に供給して反応を行わせ,連続的に抜き出す流通式反応装置flow reactorとがある。化学工業プロセスの大規模化に合わせて,後者が近年広く普及し,生成物の品質の定常化,プロセスの経済性の向上に大きな役割を果たした。しかしながら,ファインケミストリーの分野が工業的に注目されている現在,小量・多品種・高付加価値製品の製造のために,回分式反応装置の利点も見直されつつある。
流通式反応装置においては,反応装置容積とその装置に供給,排出される反応流体の体積流量との比を滞留時間residence time(retention time)といい,回分式反応装置の反応時間と対比させて,流通式反応装置の反応の進行度を決定する因子とみなすことができる。温度,濃度など同一反応条件下で,回分式反応装置で反応させた場合と流通式押出し流れ反応装置で反応させた場合とは,その反応時間と滞留時間が同じであれば,反応の進行度はまったく等しい。しかし実際の流通式反応装置では,押出し流れとみなせる場合は少なく,装置内に流体の混合が生じ,その影響が反応の進行度に現れる。混合の少ない管型反応装置に比べ,かくはん(攪拌)槽反応装置のほうが,同じ反応率を達成するために,より大きな容積を必要とするのは,このためである。とくに高転化率まで反応を行わせる場合,その影響は著しい。
反応系の相
均一の気相あるいは液相で反応を行わせる系だけでなく,気・液系,気・固系あるいは,気・液・固系のようないくつもの相が混在する状態で反応を進行させる場合も多い。そのような系では,これら相間の物質の移動速度が反応の進行に影響を与える。極端な場合には,装置内での反応速度がこのような移動過程の速度で律せられることもある。したがって相間の接触が十分行われるよう,反応装置の形状および操作に関してくふうがなされ,多種多様な装置が開発されている。
反応装置の種類と操作
(1)管型反応装置 細長直管,またはコイル状の反応管で,一端から原料を供給して,他端から生成流体を流出させる。通常気相反応の装置として用いられ,加熱は管外からの放射伝熱および対流伝熱による。伝熱面積が十分とれるので,温度調節および急熱,急冷に便利である。エタンの熱分解によるエチレン製造の反応装置はこの型式である。
(2)かくはん槽反応装置 槽型の反応装置で,通常,濃度,温度を均一にするため,かくはん機を備えている。液相反応に広く利用され,回分式でも流通式でも用いられる。この装置は反応時間の長い系に適しており,液相重合反応などに利用される。前にも述べたように,かくはん槽反応装置では流体の混合が激しいため,流通式の場合,所定の反応率を得るための容積は,管型反応装置に比べ,はるかに大きくなるが,槽内の状態が均一であることから,反応装置の制御を行いやすい利点をもっている。反応熱の授受には通常,ジャケットまたはコイルを槽内に設置して行われる。
(3)固体触媒充てん(塡)層反応装置 固体触媒を用いた気相反応は工業的に広く使われ,円管あるいは円塔内に触媒を充てんし,そこに反応流体を供給する形をとる。固定床,固定層触媒反応装置ともいわれる。触媒層の加熱,冷却の方式や触媒層の配置や形状によって,その装置が分類されているが,外部熱交換型反応装置が最も広く利用される。大きな発熱反応の系では,触媒層内に大きな温度分布ができないように,触媒を充てんする管は1インチ(約25.4mm)ほどの細いものが用いられる。工業装置では,数百あるいはそれ以上の本数の触媒管がとりつけられ,それらの管外に熱媒体を強制循環して熱除去が行われる(ナフタレンの酸化,エチレンオキシドの合成等)。反応が単純で,副反応の心配の少ない場合には,塔内に触媒粒子を何段にも充てんし,断熱反応の形で反応させるもの,中間冷却の行われる形式のものなどが用いられる。また平衡反応で,目的生成物の収率を上げるために装置内に温度分布の存在が必要な場合には,自己熱交換型反応形式が用いられる。この形式の装置は供給反応ガスによって触媒層の冷却を行う方式で,装置内温度分布を最適反応操作温度分布に近づけるよう考慮されたものである(アンモニア合成,メタノール合成塔など)。この場合,供給反応流体と触媒層内の反応ガス流れの組合せ形式によって,二回路向流型,並流型等いくつかのものがある。これらの触媒充てん層反応装置に充てんされる触媒は,装置内の圧力損失および触媒の活性,その有効利用の観点から,数mmの粒状,柱状,球状で用いられる場合が多い。
(4)流動層型反応装置 大規模の固体触媒反応のための装置として開発されたもので,石油の接触分解装置として利用されているのは有名である。触媒は数百μmおよびそれ以下の微粉で,塔内に仕込まれ,塔底から反応ガスが連続的に供給される。そのガスは流動化した状態の微粉触媒と接触し反応する。粉体粒子の混合が激しく,層内の温度を均一に保ち,伝熱速度を大きくすることができるため,大きな発熱反応に用いられる(アクリロニトリル合成,ナフタレン空気酸化等)。この形式の装置は触媒反応のみならず,石灰や硫化鉱の焙焼(ばいしよう)反応やコークス生成で劣化した触媒の再生過程にも利用される。この装置では,微粉体を流動化させるため,大流量の反応ガスの処理に適するが,安定した流動化状態を保つ必要から,負荷変動に対しての適応性に乏しい。触媒は粉化しにくいもの,また触媒の塔からの飛出しを防ぐなどのくふうが要求される。熱の授受は流動層内に設置された熱交換コイルにより行われる。
(5)気泡塔反応装置 円塔内の反応液に塔底からガスを吹き込み,気泡の上昇運動によって液をかくはんし,気液の接触をよくして,気液反応を行わせるもので,アセトアルデヒドから酢酸の合成,シクロヘキサンの空気酸化などに用いられている。また,微粉固体触媒を液中に懸濁させて反応させる場合もある(フィッシャー=トロプシュ反応)。
そのほか,固体触媒の充てんされている塔にガスと液を向流あるいは並流で供給し反応させる灌液充てん塔反応装置,蒸留塔式反応装置,移動層反応装置,バーナー式反応装置など,反応系の特性に合わせて,種々の装置が開発され利用されている。
執筆者:井上 博愛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報