過去の地表の諸状況を復元した像(イメージ)を古地理といい,古地理について研究する学問を古地理学という。現在の地表の諸状況については地理学が扱う。したがって古地理は地質科学の一分野として位置づけられることが多い。なお混同しやすいものとして古地図があるが,これは地図の技法,歴史についての,むしろ社会・人文科学の分野で扱われる作品としての対象である。
古地理の基本となるのは,それを復元する材料であり,地勢,気候,動植物相などについて証拠を提供する資料を収集しなければならない。第1に過去の地表における事物の分布を正確に知る必要がある。単純化した例を挙げると,海・陸分布を示す古地理図を作ろうとすれば,まずどのような時代についての古地理図かということで,同時面の設定とそれに対応した資料の集積に努める。過去についての同時の定め方はさまざまで,現在と同じ精度の同一時間面を求めることはできない。
海陸の境,つまり海岸線は,厳密には固定した線でなく帯であるが,その証拠となるものは,一般に地質学的資料としてはほとんど保存されていない。それは海岸線こそが浸食作用の最も激烈な地表部分だからである。したがって,海陸の境界は時間的にも空間的にもかなりの幅をもったおおらかな定義なり表現とならざるをえない。陸成,海成の証拠を平面図上にプロットした結果,層相の変化の方向性などを考慮しながら,おおよその予想海岸線の位置を推定し,そこにいちおう線引きをすることになる。
このような古地理のもつあいまいさは,現在の地理と異なり,資料の入手にかなり制限の多い地質時代についてのことであるため,不可抗力的なところがある。当然のことながら,古い地質時代の古地理ほど復元は精度が低い。とりわけ××紀における古地理図というような,数千万年にも及ぶ非常に長いタイムスパンについてのべる場合には,一つの目安として,平均的な線が与えられるにすぎない。古地理とは,本来総合された概念あるいはその表現でなければならないが,情報として求められる古地理要素には,上述の例に明らかなように非常に大きな制限があるため,しばしばいくつかの個別のテーマに分けて扱われる。例えば古動物地理,古海流分布,古気候といった具合である。
古生物地理学は,地質時代の動植物の分布(具体的には目的とする時代の地層から得られる化石の分布)を基にして,その地域性provincialityを図上で表現しようとするものである。地域性の特徴づけには,共通種属の分布範囲,地域独特の種属endemic taxonの有無と特殊性などに注目する。特有種属はおそらく微妙な環境に支配されて成立するのであろうから,一種の示相化石とみなしてもよい。学者の専門別や入手できる化石に制限があるために,古生物地理を理想通りの総合的なものとして掌握することは難しく,多くの研究では例えば貝類によるとか,三葉虫についてというように特定の分類群に関してのべている。したがって,広く古生物地理図のようなものは,個別の古地理図を比較検討して編集するという室内作業的な研究によることになりがちである。
無機的な要素を扱った古地理学では,いっそう時空的な幅が大きくならざるをえない。古海流系などは,××紀の〇〇時代と限定して資料を集めることはほとんど不可能に近く,かなりの幅のある時代を一括して,大局をみることになる。古海流そのものの永続性や安定性,あるいは局地的な変化といったものは,現在の海流で知られているものと比較できるほどの精度にはなりえないと考えてよい。地質構造発達史に注目した古地理学は,一種の古環境学であり,とりわけ堆積物の特性によって造山運動や造構造運動に関連した古地理の変化を明らかにしようとする研究では,岩相分布,例えば後背地の著しい隆起を裏づけるモラッセとか,安定した沖合深海性の軟泥といった諸相の分布を重視し,それに地史的な意味づけを行う。古地理で最も情報の少ないのは,地勢の高低に関するもので,局地的なものを除くとほとんど解析できていない。古気候にかんしては,古生物地理,岩相分布などを総合し,とりわけ気候指示物(例えば氷河痕跡,石炭層,岩塩などの蒸発岩類,化石サンゴ礁など)の分布を軸に研究する。
執筆者:浜田 隆士
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
地質時代における地理。過去における海陸の分布や古地形をさす場合が多いが、ほかに古気候分布、古生物地理も含まれる。古地理を研究する分野を古地理学といい、堆積(たいせき)物の分布、種類、性質、構造と、動植物化石の分布、種構成、産出状況などから、堆積当時の海岸線の位置や地形の状態を推定する。また過去の大陸の相対的位置は、古生物地理や古地磁気の証拠から復原することができる。こうして得た証拠をもとに、ある期間のある地域の古地理は、大陸移動や断層による相対的位置の変化や海岸線の位置などを復原したのち、古地理図にまとめられ、古地理の移り変わりやその原因(たとえば過去のプレート運動などのプレートテクトニクス)が論じられることになる。
[阿部勝巳・小澤智生 2015年8月19日]
『D・L・アイッカー著、大森昌衛訳『地史学入門 地質時計』(1971・共立出版)』▽『藤岡謙二郎他編『講座考古地理学 総論と研究法』(1982・学生社)』
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