もとは〈おかし,むしばむ〉の意で侵蝕と書いた。土地に働きかけて地形を変化させる作用(〈地形形成営力〉または〈地形営力〉という)のうち,内部から働く地殻運動や火山活動を内作用,外部から働く風,雨,河川,波などおもに太陽エネルギーに基づく作用を外作用とするが,浸食作用は後者に属する。外作用による地形営力は浸食,運搬,堆積の3作用から成る。浸食と運搬の過程は連結しており,これにより地表の物質は砕かれ,削り取られ,運び去られ,土地は変形させられる。堆積作用は運ばれた物質を置く作用で,概念的には浸食とは対立する。風化作用によってあらかじめ地表が風化生成物の岩屑や土壌に覆われている状態は,浸食の進みにとってつごうがよいが,風化作用は浸食の前提として必須というわけではない。
浸食erosionはラテン語のerodo(嚙(かじ)り取る)に由来する語で,その作用(営力)の種類によって雨食,河食,雪食,氷食,溶食,風食などが区別される。浸食営力の種類によって生ずる地形の特色が異なるので,浸食は地形を理解するためにも重要な意味をもっている。巨視的にみれば浸食は地形に働き続けて,起伏を小さくしようと作用している。もし内作用により新たに起伏を生ずることがなければ,究極的には地形は海面とほとんど同高の平たん面(準平原という)にまで浸食される。したがって一般に海面を〈浸食基準面base level of erosion〉といい,浸食はここで一応やむとされる。厳密には波による浸食(波食)は海面下20~60mまで及ぶので,地盤の静止が続けば土地は海面下の波食基準面surf base levelまで低下させられる。
流水つまり河の浸食(河食作用)は湿潤地域においては最も一般的な浸食営力で,その結果,峡谷またはV字谷などの河谷(河食谷)を生ずる。滝の直下に滝壺を生ずるような水体そのものが岩盤を削る水食作用hydraulic actionと河水が運搬中の砂礫を材料にして河床を削る削磨作用corrasionと,さらに岩石によっては河水と接触して溶解する溶食作用corrosionが営まれる。溶食は石灰岩地域や熱帯に顕著である。急流の谷床にみられる甌穴(おうけつ)(ポットホールpothole)は,局部的に生じた渦流がそれに巻き込まれた礫を削磨材としてつくる円形のくぼみで,径,深さとも1mをこえるものもあり,削磨の典型的なものである。河食については谷床を深める下方浸食と谷幅を広げる側方浸食,さらに谷頭の方向に後退的に谷を伸ばしていく谷頭(こくとう)浸食の3種類が浸食の方向に関連して区分される。また,断層破砕帯や節理や軟岩の露出部には谷が掘り込まれやすい。このように岩石を選んで浸食が進むことを選択浸食selective erosionと呼ぶ。
選択浸食の結果,例えば吉野川,紀ノ川,櫛田川のように一直線状に並ぶ断層線谷を生じたり,アパラチア山地の褶曲構造に並走してみられる背斜谷,向斜谷,同斜谷などのような構造谷を生ずる。また谷頭浸食の旺盛な谷が隣接の流域の一部を自己の流域に組み入れてしまうような〈河川争奪stream piracy〉現象がある。水系がしだいに発達して密に地表を覆う過程では,河川争奪は随所に行われるとみてよい。選択浸食により地質構造に並行する縦谷河川は浸食の進みが早く,地質構造に直交する横谷河川を截頭(上流部を自己の流域に引き込むこと)しやすい。雨食rain washは雨水が直接に土地を削り取る作用で雨洗ともいう。雨食には降雨が衝突して土を動かす雨滴浸食splash erosion,雨水が地表を流れて細流(リルrill)となり,土粒が動かされて地面に浅いくぼみがつく細流浸食(rill erosionリル・エロージョン),幾多の細流が地面を覆って広がる布状洪水sheet floodによって土地が全体的に浅く削られる布状浸食sheet erosion,さらに細流が集中して雨裂(雨溝,ガリーgully)を刻むガリー浸食gully erosionが含まれる。雨食が目だって作用するのは火山麓のような緩傾斜面や大陸台地のような平たん面や段丘面などであり,河川の谷頭よりも相対的に上位にあたる場所におこる。また表土は脆弱だが浅い所に不透水性の土層や岩石があり,そのため雨水は浸透を妨げられ流去水が多くなる場所におこりやすい。雨滴浸食や細流浸食は段丘砂礫層や氷河堆積物に作用すると,礫を頭に載せた土柱を残して軟弱な岩体を刻み,土柱群からなる悪地地形(バッドランド)をつくる。ガリー浸食の結果生ずる雨裂は,ふつうは幅,深さともに数mで,延長は数km程度だが,必ずしも一定しない。北アメリカ,アフリカなどで過放牧によるガリー浸食の進みは最近の数十年間にとくに著しい。なお布状浸食は乾燥地域,半乾燥地域での岩石扇状地(ペディメント)をつくる場合の主要な地形営力と考えられている。
一般的に雨食はもともと植被の乏しい部分,あるいは人為的に植生をはいだ部分に作用する。湿潤地域でも耕作地は雨食を受けやすい条件をもつ。土壌浸食は,耕地や牧草地などの土壌の表面が雨食や風食を受けて破壊される現象をいう。ガリーやリルの発達によって肥沃な土層が流去し,大型農機具の使用ができなくなり,土地が目だって荒廃する。これを防ぐためアメリカ合衆国では1930年代に土壌保全局が設けられたが,こうした土壌保全の考え方は第2次大戦後世界的に広まった。
風による浸食作用を風食wind erosionといい,裸岩地の多い砂漠地域や周氷河地域に著しい。湿潤地域でも海岸付近や急崖の一部に風食のみられる所がある。砂漠地域では砂嵐の折に表層の物質が動かされ,砂礫が跳躍し舞い上げられて地表を削磨し,細粒物質は遠くまで運ばれる。そのため地面は一様に低められたり,部分的にくぼまされたりして,深さ数m,径数十mの楕円形の風食凹地deflation hollow(風食窪ともいう)が残される。台地の海崖が砂層からなる場合など,風食が砂層を削り台地面を吹き削って(ブローアウトblowout),平面がヘアピン形の浸食砂丘(ブローアウト砂丘blowout dune)を生ずる。日本では鹿島灘に面する阿字ヶ浦や下北半島尻屋崎付近にその例がある。
垂直に近い崖面に風の強く当たる所は彫刻(エッチング)され,径数十cmの小穴が刻まれる。局地的にその例は多い。乾燥地域では盆地底の湖底層や互層する硬軟岩層が風食を受けて,風の方向に平行する岩稜が細長い凹地を隔てて形成される。これをヤルダンと呼び岩稜に怪異な形の岩塔が伴う。
海岸における海水の運動によっておこる浸食作用を海食marine erosionという。海(食)崖sea cliffは,沈水した山地の山脚が海に接する所で波浪が砕け,磯波が強く作用して基部に〈刻みnotch〉が生じ,その上部の斜面がオーバーハングする結果崩れ落ち,崖は内陸側に後退する。この波食によって後退した海崖の下には,波により削られた基盤岩の緩傾斜面が残される。これを波食棚abrasion platformといい波食崖(海崖)とは対である。地盤が安定していれば海食が進むに伴い沖に向かって緩斜する波食棚が広がり,大陸棚をつくる結果になる。波食が海崖にあらわれた節理に出会って進むと,洞穴がうがたれる。これを海食洞といい,貫通した形のものを海橋という。岬の先端に離れてある橋杭岩(はしくいいわ)(和歌山県串本町)のような岩礁は,もともと突出していた陸地に海食が働いて離れ岩に変化させた例である。磯にある岩塔が基部を波食でえぐられ茸岩(きのこいわ)(マッシュルーム・ストーン)となる場合もあり,砂漠地域では砂礫を巻き上げて削磨する風食によっても茸岩ができる。
海崖や隆起波食台あるいは一般に磯の岩石の表面に小孔が蜂の巣状に密集してみられることがある。これを蜂窩(ほうか)構造と呼び,穿孔貝の活動や溶食,風食などが,しぶきの及ぶ範囲で合作した結果であり,〈しぶきの浸食〉ともみられる。このように穿孔貝などの生物の活動が及ぼす浸食作用を生浸食bio-erosionとする新しい用語がある。
石灰岩地域にとくに目だつ浸食のタイプである。他の岩石もまったく水に溶解しないわけではないが,石灰岩は炭酸ガスを含む水によく溶解する性質がある。石灰岩台地の降水は地表をしばらく流れてから,岩石中の節理が溶解によって拡大した吸込み穴に流れ込んで地下水系を構成する。地表にはドリーネと呼ぶすり鉢形の吸込み穴が多数うがたれ,地下には地下水の溶食によって規模の大きな洞穴が生じ,きわめて特徴的な地形をつくる。しばしば〈ろうそく岩〉にみたてられるヘイスタックhaystackと呼ぶ岩塔,岩面を刻む細かい溝のラピエ,ドリーネが連合したウバーレ,大型の凹地ポリエなど溶食に特有な地形を合わせ,カルスト地形と呼んでいる。その地域の地下水面がカルストの浸食基準面にあてはまる。
氷食glacial erosionの浸食基準面も海面ではなく一般に雪線と考えられている。雪線より上部で氷河が形成され,雪線以下まで流動して融解する。氷体の存在とその動きが及ぼす浸食作用が氷食である。氷河には大別して山地氷河と氷床(大陸氷河)の二つのタイプがある。既存の河食を受けた山地の起伏に順応して着生した氷河が山地氷河で,その氷食の結果は特徴的な高山地形alpine landformを現出する。谷奥にみられる圏谷(カール)の場合,圏谷氷河の底部は氷河の移動による圧力の変化によって凍結融解現象がおき,底部に接する岩石を破砕する。さらに巨大な氷体の圧力と独特の回転運動によって,氷と岩屑が削磨作用を及ぼし,平たんまたは凹形の圏谷底をつくる。環状に取り巻く急な圏谷壁は基部が氷河でえぐられ,壁面に激しく霜による浸食,機械的風化が加えられて生ずる。二つの圏谷に挟まれた岩稜は,鋭い岩塔や針状峰が並ぶ鋸歯状の氷食山稜arêteとなる。三つ以上の圏谷の切り合う所には,マッターホルンのような角錐状の尖峰(ホルンHorn)を生ずる。流域の降水量が同じとした場合は,氷食は河食に比べて強く働くので,氷食谷は深く幅広くU字形にうがたれる。氷河が消失した後の氷食谷底には,円磨された岩面が羊の背とも群れともみえる羊群岩roche moutonnéが露出する。洪積世氷期に氷床に覆われていたフェノスカンジアおよびローレンシアの楯状地では,氷床下で研磨された基盤岩の小起伏面すなわち氷食準平原が広がる。そのうちの凹所は基盤岩の軟弱部などを氷床がえぐったもので,多数の池沼が溜められる。
堆雪や雪堤の形で雪が長く貯留される所では,融雪水が流れ,霜の作用で岩屑が生産され,それが匍行(クリープ)したりして周辺がくぼむ〈雪窪〉の地形を生ずる。また雪が急に落ちる雪崩(なだれ)の現象は,急斜面を刻む溝型を生ずる。すべての雪の及ぼす浸食は雪食nivationと呼ばれる。多雪地域のカール状の浅い谷は雪食圏谷nivation cirqueとして扱われることが多い。雪食や霜食などを含む比較的寒冷な気候下での地形営力は周氷河作用periglacial processと総称される。
特定の外作用によらないが,斜面上の風化層など未固結物質が重力によって移動されるタイプの浸食がマス・ウェースティングmass wasting(マス・ムーブメント)である。地すべり,崩壊,岩屑なだれ,クリープ(土壌匍行),ソリフラクションを含み,重力浸食とも呼べる。物質移動として浸食の範疇に考えない立場もあるが,浸食と運搬は結合したもので,河間地域に広く作用し地形に大きく影響するので,浸食営力としても取り扱える。
そのなかで地すべりはもっとも特徴的な地形(地すべり地形)を生ずる。比較的緩やかな斜面の頂部近くに半環状の急崖,中腹以下に不規則の複雑な起伏が生じ,しわ状の地形をつくる。凹所は池となり各所に割れ目が生ずる。新第三紀層ケツ岩,結晶片岩,断層破砕帯,温泉余土に関連して地すべりはおこりやすい。浸食作用はその種類によって性質も規模も異なるが,内作用により,海面より高い土地が生ずる限り働き続け,起伏や襞を刻み続け,結局は土地を平たんにならそうとしている点では共通している。また,浸食作用は土地災害に結びつくことが多いので,生活との関連が深い。
→乾燥地形 →周氷河地形
執筆者:式 正英
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