古河太四郎(読み)ふるかわたしろう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「古河太四郎」の意味・わかりやすい解説

古河太四郎
ふるかわたしろう

[生]弘化2(1845).3. 京都
[没]1907.12.
近代盲聾教育の創始者。漢学塾の教師の4男に生れ,1873年小学校教師となり,たまたま姉弟2人の聾唖児に接したのが機縁で 78年に日本最初の盲唖学校である京都盲唖学院を設立翌年この学校は京都府に移管され,彼は監事兼助教となった。 82年院長,1900年私立大阪盲唖院院長。訓盲字,地図,そろばんなどの盲教育教材を開発し,手話指文字,発音指導などの唖者教育の方法にも独創性を発揮した。著作『京都府下大黒町待賢校いん唖生徒教授手順概略』 (『文部省教育雑誌』 64号付録) 。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「古河太四郎」の解説

古河太四郎 ふるかわ-たしろう

1845-1907 明治時代教育者
弘化(こうか)2年2月20日生まれ。明治2年小学校教師となり,視聴覚障害者教育をこころざす。11年京都に日本初の盲唖(もうあ)院を設立。こより文字の工夫や指文字の指導など,独創的な教育法考案,実践した。33年大阪盲唖院長。明治40年12月26日死去。63歳。京都出身。姓は古川ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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