日本大百科全書(ニッポニカ) 「障害児教育」の意味・わかりやすい解説
障害児教育
しょうがいじきょういく
障害児教育とは、障害のある児童・生徒の教育をいう。また、児童・生徒に限らず、障害者の職業教育や高等教育(大学教育)をも含むため、障害者教育ともよばれる。障害児教育は障害の種類によって、視覚障害教育(盲(もう)、弱視)、聴覚障害教育(聾(ろう)、難聴)、言語障害教育、肢体不自由教育、病弱・身体虚弱教育、知的障害教育、情緒障害教育、重度重複(ちょうふく)障害教育などに分かれる。このうち、言語障害教育と情緒障害教育は障害の治療がおもな目的になるが、その他の障害については、障害が固定しているので、その教育をいかに行うかが中心になる。なお、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」などの特定の能力の習得に著しい困難を示す状態をLD(学習障害)とよび、広義の障害児(者)のなかに入れている。また、年齢や発達に不釣り合いな不注意や衝動性、多動性を特徴とする行動の障害であるADHD(注意欠陥多動性障害)や知的発達に遅れのない自閉症なども、その対象にしている。いずれにしろ、障害の状態や発達段階、特性などに応じてよりよい環境を整え、その可能性を最大限に伸ばし、可能な限り積極的に社会に参加する人間に育てるための特別な教育を行うのである。
[佐藤泰正]
教育機関・教育課程
障害児(者)の教育の場としては、特別支援学校(視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱、重複障害)のほか、一般の小・中学校のなかに、知的障害、肢体不自由、身体虚弱、弱視、難聴、言語障害、自閉症・情緒障害のための特別支援学級がある。また小・中学校では、通級(通常の学級に席を置き、障害の状態によって特別な指導を通級指導学級で受ける)による指導も行われており、2018年度(平成30)からは学校教育法施行規則の改正により一部の高等学校でも通級教育が導入された。さらに軽度のものは、一般の小・中・高等学校の通常の学級のなかで、特別な配慮のもとで教育が行われている。一般的に、障害の程度の重い子供は特別支援学校で、軽い子供は小学校や中学校の特別支援学級、通級による指導または通常の学級で教育することになっている。
特別支援学校では、一般の小学校、中学校などに準じる教育を行うことのほか、障害に基づく種々の困難を改善・克服するために必要な知識、技能、態度および習慣を養うことを目的とした内容が付け加えられている。したがって、特別支援学校の教育課程は、各教科、道徳、特別活動、総合的な学習の時間のほか、自立活動(かつては養護・訓練とよばれた)という特別の指導領域を加えて編成される。自立活動の目標は、児童・生徒の障害の状態を改善し、または克服するために必要な知識、技能、態度などを養い、心身の調和的発達の基盤を培うことである。またその内容は(1)健康の保持、(2)心理的な安定、(3)環境の把握、(4)身体の動き、(5)コミュニケーション、をもって構成されている。
[佐藤泰正]
障害児教育の種類と課題
障害児(者)教育の対象となる者の障害の種類と程度については、学校教育法施行令などにその基準が示されている。障害児教育の各領域についてはそれぞれの項目があるので、ここでは障害児教育全般に関して、その課題のいくつかをあげておく。
〔1〕早期教育 障害を早期に発見し、早期に治療や指導を行うことは、障害児(者)教育の重要課題の一つである。早期教育とは就学前教育あるいは幼児教育と同じと考えてよい。障害の種類によっては早期教育の重要性や必要性に多少の差はあるが、多くの障害において早期発見、早期治療や指導は、必要かつ重要である。
〔2〕職業教育 障害児(者)教育の最終目標は、彼らが職業を身につけ、社会的に自立できるようにすることである。そのため、職業教育においては、障害児の適性の発見と職業分野の開拓が今後の重要課題である。
〔3〕高等教育(大学教育) 今日、一般の高等学校卒業者の半数以上が大学に進学する状況であるが、視覚障害者や聴覚障害者の大学進学率は10%前後にすぎない。教育の機会均等からいって、大学教育を受ける能力のある障害者は、高等教育を受ける機会を与えられるべきであり、障害者の大学進学を妨げている条件を取り除く努力をしなければならない。障害者が一般の大学に進学することと同時に、障害者のための大学を増やすことも、高等教育を受ける機会を多くする方法である。
〔4〕重度重複障害教育 重度重複障害とは、(1)二つ以上の障害をあわせ有する重複障害、(2)重度の知的障害、(3)自閉症や自傷行動など問題行動が顕著で日常生活において介護を要する障害、などとされる。日本の障害児教育のなかでもっとも遅れているのが、この領域である。重度重複障害児の心身の発達を促し、その能力を十分に伸ばすためには多様な教育の場を設ける必要があるが、医療や福祉と一体となっての教育も必要である。
[佐藤泰正]
分離教育と統合教育
障害児を健常児と分離して、障害のある子供だけを対象にした学校や学級で教育する方式を分離教育、通常の学級で健常児と一緒に教育する方式を統合教育(インテグレーションintegration、メインストリームmain-stream、さらに通常の子供たちのなかに含めるということからインクルージョンinclusionということばが使用されるようにもなっている)という。障害児(者)を健常児といっしょに教育することは、教育内容や方法の違いなどのため困難な点が多く、伝統的に分離方式がとられていた。しかし、1970年代から1980年代にかけて、障害児を一般の学校へ入学させる動きが現れてきた。健常児といっしょに教育を受けることによって、障害のある子供・ない子供の仲間意識、共同意識、連帯意識を育て、相互理解を深め、遊びや生活・学習の経験を豊かにしていこうとするものである。それなりの効果はあるが、障害児を一般学校で教育することは問題も多い。障害の種類や程度など障害児側の条件、地域社会の条件や一般学校側の条件が十分に整っていることが必要である。また、障害の重い子供ほど、特別な指導や施設設備が必要である。統合教育がよいか分離教育がよいかは、個々の障害児に即して考えていくべきで、個々の障害児の発達のそれぞれの段階で必要な機関、組織、施設、設備、人というような諸条件を考えなければならない。むしろ多様な教育の場を用意する問題として考える必要があり、どちらか一方をという二者択一的な問題と考えないほうがよい。重要なことは、将来社会の一員として自立していける障害者を育てることである。
以上のほか、障害児(者)教育の課題として、障害児(者)教育の「教員養成」の問題や、障害児(者)教育のために感覚代行のための「補償工学」の分野など、解決すべき多くのことがある。
[佐藤泰正]
『佐藤泰正編『障害児教育小事典』(1981・協同出版)』▽『藤本文朗・小川克正共編『障害児教育学の現状・課題・将来』改訂版(2006・培風館)』▽『佐藤泰正編『特別支援教育概説』(2007/改訂版・2011・学芸図書)』▽『橋本創一他編著『障害児者の理解と教育・支援』(2008/改訂新版・2012・金子書房)』▽『石部元雄・上田征三他編『よくわかる障害児教育』第2版(2009・ミネルヴァ書房)』