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司空図 しくうとSi-kong Tu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

司空図
しくうと
Si-kong Tu

[生]開成2(837)
[没]開平2(908)
中国,晩唐の詩人。河中虞郷 (山西省永済) の人。字,表聖。咸通 10 (869) 年進士に及第。礼部郎中に進み,光啓1 (885) 年鳳翔に黄巣の乱を逃れた僖宗のもとで,中書舎人知制誥に任ぜられたが,僖宗がさらに宝鶏 (陝西省) に移ったので郷里に帰った。その後,しばしば召されたが辞して中条山の王官谷に隠棲し,知非子,耐辱居士と号して詩を楽しみ,のち朱全忠からも礼部尚書として招かれたが応じず,絶食して死んだ。気品の高い詩風で知られ,『司空表聖文集・詩集』がある。また『二十四詩品』は,詩の意境を雄渾,自然など 24に分け,韻文を用いて象徴的に表現した唐代の代表的詩論書で,後世の詩の評論に大きな影響を与えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

しくうと【司空図 Sī kōng Tú】

837‐908
中国,晩唐の詩人・詩論家。河中虞郷(山西省)の人。咸通10年(869)の進士。字は表聖。唐末の戦乱を避けて隠居するが,唐が滅ぶと絶食して死んだ。その著《詩品》は四言詩を用いて〈雄渾〉から〈流動〉まで24種の美的範疇を詠述する。現存する数少ない唐代の詩論書で,厳密な理論体系こそ持たないが,南宋の厳羽や清の王士禎(おうしてい)などの後世の詩論はもちろん,画論書論にも大きな影響を与えた。詩文集《司空表聖文集》10巻が伝わる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

司空図
しくうと
(837―908)

中国、晩唐の文学批評家。字(あざな)は表聖(ひょうせい)。河中(かちゅう)(山西省)の出身。官界での地位は皇帝の詔勅を起草する知制誥(ちせいこう)にまで至ったが、のち政乱を避けて郷里の中条山に隠棲(いんせい)し、唐最後の皇帝哀帝が殺されたと聞くと食を絶って死んだという。山水の風景を描写した詩に優れるが、むしろ詩の批評書『二十四詩品(にじゅうししひん)』1巻の著者として知られる。これは詩の味わいを24の品第(ほんだい)に分かち、それぞれに四言(よんごん)の詩による批評を付したもので、「韻味」を重視したことからうかがえるように甚だ唯心主義的な色彩が濃い。以降の中国における象徴的詩評の先駆的存在となった。『司空表聖集』(文集10巻、詩集5巻)を存する。[野口一雄]

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世界大百科事典内の司空図の言及

【詩品】より

…最初の本格的な詩論として重要な意義を有し,後世の〈詩話〉の祖とされて,文学評論史の上に大きな位置を占める。いま一つの書は,晩唐の詩人司空図(しくうと)の著になる《詩品》1巻。詩中に表出される情趣を〈雄渾〉から〈流動〉に至る24類に分かって,それぞれの境地を四言12句の韻文にまとめてうたっている。…

※「司空図」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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