美とそれに類する諸概念(優美、崇高、わび、さび、など)の総称。美の多様で特殊なあり方を特徴づける類型概念であり、美的対象を述語づける形容詞を名詞化したものである。
[小田部胤久]
美的範疇論は、古代修辞学の文体類型(平淡体、中間体、崇高体)の内にその一つの淵源(えんげん)を求めることもできるが、その確立は近世においてのことであり、芸術現象の地理的・歴史的多様性への意識の覚醒(かくせい)と関係がある。
[小田部胤久]
近世美学における代表的美的範疇は、(狭義の)美、優美、崇高である。美と優美が区別される場合、美が多様の統一、調和、完全性といった規則的なものに基づく質であるのに対し、優美(魅力・喜び・好意といった語義をもち、さらに美の三女神の名称ともなったギリシア語のカリスに由来する)は、規則によってはとらえがたい質、つまりいわくいいがたい魅力をさし(バザーリ)、さらに軽やかさ、運動とも結び付く(ホガース「優美の線」)。一方、崇高は、17世紀後半の偽ロンギノスPseudo-Longinos『崇高について』Peri hypsosの仏訳(ボアロー)以来広く用いられる概念だが、とくにイギリスで広まり、強い情念と結び付けられる(アジソン)。そして、バークは崇高を美と明確に対置し、前者を、強い情念としての恐怖が実際の危険を伴わない場合に喜悦へ転じるところから生じるものと規定する。ただし、これら三者はつねに截然(せつぜん)と区別されていたわけではなく、優美を美の構成要素とする考え(M・メンデルスゾーン)、崇高を高められた美とみなす考え(ヘルダー)もある。
[小田部胤久]
カントによれば、美は、対象を感性的にとらえる構想力と概念的にとらえる悟性とが相互に促進しあうところに成り立つのに対し、崇高は、巨大な対象を前に構想力の無力が露呈するときに、それを超越する理性の偉大さが自覚されるところに成立する。また、シラーによる優美、尊厳の対比はカントの理性と感性の二元論を前提しており、優美は両者の調和状態に、尊厳は理性による感性の支配に基礎づけられる。
[小田部胤久]
ロマン主義は、芸術の歴史性への洞察から古典主義を批判することを通じて、近代的芸術にふさわしい新たな美的範疇を要請する。F・シュレーゲルは、ギリシア文学の支配原理としての美と対比して、近代文学の支配原理を特性的なもの、個的なもの、関心をひくものと規定する。また、シュレーゲルに始まりゾルガーK. W. F. Solgar(1780―1819)に至るイロニーIronie(ドイツ語)、ジャン・パウルのフモールHumor(ドイツ語)もロマン主義を歴史的に特徴づける美的範疇である。ロマン主義的美学を集大成したヘーゲルは、理念の自己運動の段階に応じて象徴的、古典的、ロマン的芸術形式を区別し、崇高を象徴的芸術形式に、狭義の美を古典的芸術形式に、フモールをロマン的芸術形式の最終段階に対応づける。ここに、美的範疇は歴史的芸術様式と結び付くことになる。
[小田部胤久]
このようにして、美的範疇論は19世紀ドイツ美学の中心主題となり、その体系化の要請の下に悲壮、滑稽(こっけい)、醜なども組み込まれるようになる(T・フィッシャー)。さらに19世紀後半以降、美学の心理学化とともに、美的範疇は多面的かつ精緻(せいち)なものとなる(フォルケルト、T・リップス)。しかし、20世紀に至り、芸術学が様式史を志向し、また美学の主流が心理学から存在論へと変化するとともに、論じられることは少なくなった。最近では、美とグロテスクを対極に置いて24の範疇を円環上に並べるE・スリオの試みがあるが、その体系性を疑問視する者も多い(デュフレンヌ)。
美的範疇は、新たな芸術運動、美意識が自己の正当性を証するときにその本来の生命をもっており、その背景を捨象して体系化することには形骸(けいがい)化が伴いやすい。
[小田部胤久]
日本における代表的美的範疇には、中世歌論のあはれ(一種の優美・もののあはれ)、をかし(趣向のおもしろみ)、幽玄(余情の趣(おもむき))や、松尾芭蕉(ばしょう)のわび(一種の悲壮)、さび(枯淡の趣)、軽み(漂泊の趣)などがある。また、西洋の方法論を用いた範疇論としては、崇高、美、フモールという三基本範疇から派生した東洋的範疇として幽玄、あはれ、さびをとらえる大西克礼(よしのり)、上品、はで、渋みと対比していきを解明する九鬼周造(くきしゅうぞう)の試みなどがある。
[小田部胤久]
『E・バーク著、鍋島能正訳『崇高と美の起源』(1973・理想社)』▽『川戸好武訳『美と崇高の感情に関する考察』(『カント全集 第3巻』所収・1965・理想社)』▽『原佑訳『判断力批判』(『カント全集 第八巻』1965・理想社)』▽『F・シュレーゲル著、山本定祐訳『ロマン派文学論』(冨山房百科文庫)』▽『J・パウル著、古見日嘉訳『美学入門』(1965・白水社)』▽『K・W・F・ゾルガー著、西村清和訳『美学講義』(1986・玉川大学出版部)』▽『G・W・F・ヘーゲル著、竹内敏雄訳『美学』全9冊(1956~81・岩波書店)』▽『大西克礼著『美学 下巻』(1960・弘文堂)』▽『九鬼周造著『「いき」の構造』(岩波文庫)』▽『今道友信著『東洋の美学』(1980・TBSブリタニカ)』▽『佐々木健一著『近世美学の展望』(今道友信編『講座美学1』所収・1984・東京大学出版会)』
…また人間を個体としてみれば人体美は古来美術の注目を浴びてきたし,さらに個体間の諸関係の生みだす感動は人生美として文芸成立最大の機縁であり〈滑稽〉〈悲壮〉〈フモール〉などはこの領域を占める。このように遍在する各種の美の主要類型を美的範疇ästhetische Kategorienと呼ぶが,美的範疇論においては狭義の美(純粋美)も優美,悲壮,滑稽などと同列に位するものとして扱われる。なお,日本における美的範疇論では〈幽玄〉〈あはれ〉〈さび〉の位置を見定めた大西克礼(よしのり)(《美学》2巻,1959‐60),〈いき〉を解明した九鬼周造(《“いき”の構造》1930)を忘れることはできない。…
※「美的範疇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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