名所案内記(名所地誌)の一形式。1780年(安永9)の秋里籬島(あきさとりとう)編の『都(みやこ)名所図会』から始まり、1902年(明治35)の『本派本願寺名所図会』まで続いているが、盛んに刊行されたのは、『江戸名所図会』(1834~36)を除けば、文政(ぶんせい)年間(1818~30)までである。絵入りの名所案内記は、1658年(明暦4)の『京童(きょうわらべ)』(中川喜雲(きうん)著)や1666年(寛文6)の『江戸名所記』(伝浅井了意(りょうい)著)などをはじめとして、それまで数多く成立していたが、「名所図会」の画(え)(絵)は、名所の景観を写しながら、神社仏閣の祭典・法要、民間の祭礼や年中行事など、四季折々の風俗を精密に描き出し、さらに和歌、俳句、その他を画中に書き込んで、画を見るだけで名所の旅を続ける楽しさを沸き立たせるようになっていた。秋里籬島が、なぜ、京都の名所記に初めて『都名所図会』と命名したのかは明らかでないが、寺島良安(りょうあん)編の『和漢(わかん)三才図会』は、すでに1712年(正徳2)に刊行されていた。図会は、特殊な画を集め合わせたものを意味しており、この絵入り百科事典である『和漢三才図会』に籬島もあやかって、「名所図会」としたのであろう。籬島は、都のほか、都拾遺(しゅうい)、都林泉(りんせん)、大和(やまと)、河内(かわち)、和泉(いずみ)、摂津、東海道、木曽(きそ)路、須磨明石(すまあかし)、伊勢(いせ)路、播州(ばんしゅう)、近江(おうみ)など、十数種の「名所図会」を執筆したが、暁鐘成(あかつきかねなり)、蔀関月(しとみかんげつ)らも筆者として著名であった。「名所図会」の総数は、明治のものまで入れて実に60種余りに及び、関東から九州にわたった。なかでも、近畿、東海道、関東のものが多い。18世紀の中ごろから19世紀にかけての日本人の旺盛(おうせい)な知識欲と、物見遊山(ものみゆさん)を兼ねた名所巡りの盛況を表しているといえよう。
[水江漣子]
『『日本図会全集』全14巻(1975・名著普及会)』▽『『日本名所風俗図会』18巻・別巻二(1979・角川書店)』▽『『日本名山図会』(和本)三巻(1979・芸艸堂)』
江戸中期から後期にかけて刊行された通俗地誌の総称。もっとも江戸時代の初期にも,かなり多くの挿絵入りの通俗的な地誌が作られているが,それらは現在〈古版地誌〉の名で呼ばれる。いわゆる〈名所図会〉としては,まず1780年(安永9)に京都の町人吉野屋為八が計画・刊行した俳諧師秋里籬島編集,竹原春朝斎画の《都名所図会》6巻がある。これは〈古版地誌〉よりはその挿絵に重きを置き,実際の写生による鳥瞰図風の密画を多数入れ,本文よりはむしろ絵を主体として見て楽しむという点に特色を出すとともに,本文も通俗を旨としながら浮華に流れず,詩歌俳句の類を多く付載して興味深いものとしたため,世に好評をもって迎えられた。そこで吉野屋為八はつづいて同じ編者・画家による《拾遺都名所図会》《都林泉名勝図会》など,さらに河内,和泉,摂津その他,国別の名所図会をつぎつぎと刊行した。しかも編者および画家に前記2者以外の人々の参加を求めたので,これらの名所図会はいっそう見た目をにぎやかに楽しませた。こうした吉野屋為八の企画とその成功に刺激されて,他の書店もこれにならって《東海道名所図会》《木曾路名所図会》《伊勢参宮名所図会》《金毘羅参詣名所図会》《二十四輩名所図会》のほか,ひいては《唐土名勝図会》などというものまでも出版され,また,地誌とは離れた《山海名産図会》その他のものまで作られるにいたった。名所図会の流行は文化年間(1804-18)に及び,さらにその後京坂以外の土地でも,《江戸名所図会》《尾張名所図会》などその内容にいっそうの整備を志したいくつかの図会が作られた。なかでも天保年間(1830-44)に刊行された《江戸名所図会》などは,斎藤長秋,莞斎,月岑(げつしん)と3代30年余を経てようやく完成をみたもので,挿絵は長谷川雪旦の手に成り,〈名所図会〉中の第一の傑作に推されている。
執筆者:森 銑三
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近世後期に盛んに刊行された地誌の一種。巡覧などの便のため,寺社・旧跡の由緒来歴や街道・宿駅・名物の案内などに,実景を描写した多くの挿絵をそえたもの。1780年(安永9)に刊行され,巡覧・巡拝者の増加にともなう需要で爆発的な売行きをみせた「都(みやこ)名所図会」に始まる。以後これにならったものが多く刊行された。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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