日本歴史地名大系 「向日神社」の解説
向日神社
むこうじんじや
向日丘陵の南端に東面して建つ。旧西国街道に面して石の鳥居が立ち、約三町の石畳の参道をたどって社殿に達する。「延喜式」神名帳の
〈京都・山城寺院神社大事典〉
〔祭神〕
「向日社略記」によれば、もと上下二社に分れ、現社地は上社で向日神が、別に下社として火雷神が鎮座、中世初期に下社大破により上社に合祀したという。向日神は「古事記」に
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
向日丘陵の南端に東面して建つ。旧西国街道に面して石の鳥居が立ち、約三町の石畳の参道をたどって社殿に達する。「延喜式」神名帳の
〈京都・山城寺院神社大事典〉
「向日社略記」によれば、もと上下二社に分れ、現社地は上社で向日神が、別に下社として火雷神が鎮座、中世初期に下社大破により上社に合祀したという。向日神は「古事記」に
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
京都府向日(むこう)市向日町北山に鎮座。祭神は向神(むかいのかみ)、乙訓坐火雷神(おとくににますほのいかずちのかみ)、神武(じんむ)天皇、玉依姫命(たまよりひめのみこと)を祀(まつ)る。向神は大歳神(おおとしのかみ)(素戔嗚尊(すさのおのみこと)の子)の子で、向日神(むかいのかみ)といわれる。養老(ようろう)年間(717~724)の創建といい、古くは向神社を上(かみ)社、乙訓坐火雷神社を下(しも)社と称したが、後宇多(ごうだ)天皇の1275年(建治1)下社が退廃したので、上社に合祀(ごうし)された。859年(貞観1)従(じゅ)五位下の神階を授けられ、『延喜式(えんぎしき)』では小社に列して祈年の官幣にあずかった。旧府社。三間社流造(ながれづくり)、檜皮葺(ひわだぶ)きの本殿は1422年(応永29)の造営で、蟇股(かえるまた)、木割(きわり)の手法に室町時代初期の遺構を残し、国の重要文化財に指定。社宝の『日本書紀』神代巻下(紙本墨書、国の重要文化財)1冊は、もとは醍醐(だいご)寺理性院の所蔵本で、南北朝時代の写本として有名。例祭5月1日。
[加藤隆久]
…中世には物集女(もずめ)荘,寺戸荘,鶏冠井(かいで)荘などの荘園が設置され,室町期には物集女氏,鶏冠井氏などが城を構えている。向日神社の社前,西国街道に面する向日町は,江戸時代には商人や手工業者の集住した在郷町であった。鶏冠井町には,鎌倉末期に日像によって関西初の日蓮宗寺院として開かれたという真経寺(南北2寺がある),本化日蓮宗本山石塔寺がある。…
※「向日神社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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