フランスの思想家ジャン・ジャック・ルソーの自伝。『告白』『懺悔録(ざんげろく)』とも訳される。1764~70年に書かれ、第1部(6巻、1781)、第2部(6巻、1788)ともに死後出版。世間の誤解を解くとともに、将来の人間研究の資料を提供しようという目的で書かれた。ルソーは自分の一生を、作家になる前とその後に分け、前半生を幸福な時代、後半生を不幸になった時代としてとらえていたが、作品にもそうした考え方が反映し、2部に分けられている。第1部の少年時代、青年時代の記述は、率直かつ詳細なもので、ときには卑しい行為や性的異常をも、はばかることもなく描いている。ユーモアあり悔恨あり、それが過ぎ去った時代をふたたび生きる喜びと混じり合い、いまなお読者を魅了してやまない。第2部は、晩年の被害妄想の影響下に書かれたため、また、昔の友人たちへの遠慮からか、第1部と比較すると精彩を欠き、暗いものとなっている。思想家ルソーのひととなりを知るための第一級の資料であるとともに、自伝文学の傑作の一つ。日本では、明治初期、自由民権運動の時代に、『社会契約論』が影響力をもったのにかわって、明治後期(1891年、森鴎外(おうがい)のドイツ語訳からの抄訳が本邦初訳)、島崎藤村(とうそん)など、日本における近代文学の成立に『告白』の影響はみられる。
[原 好男]
『井上究一郎訳『告白録』全3冊(新潮文庫)』▽『中川久定著『自伝の文学』(岩波新書)』
ローマ時代末期の教父・思想家アウグスティヌスの著書。本書はアウグスティヌスの自叙伝的な部分を多く含み、『神の国』とともにもっとも著名な代表作である。13巻からなる本書は、第1巻1~5に全体の序説が述べられる。開巻冒頭の「われらの心は汝(なんじ)の中に憩いをみいだすまでは安らぎを得ない」は、著者の基本的な姿勢を示す。第1巻6から、幼年、少年、青年の、それぞれの時期の精神史的な遍歴と展開をつづり、第8巻で、壮年期の初めに経験した回心の劇的なできごとを述べる。第9巻は母モニカの追憶を語って美しいキリスト教文学の真髄を披瀝(ひれき)する。第10巻は執筆当時の自己の生を詳細に分析し、人間の本性的に神を問い求めざるをえない根本的構造を明らかにする。第11巻から第13巻では、時間論を含めて『創世記』冒頭の注解をなす。全巻は修辞学者アウグスティヌスの思索とことばの緊密な関係を示す文体で貫かれている。
[中沢宣夫]
フランスの思想家ルソーの自伝作品。作者の死後,第1部が1782年,第2部が89年に刊行された。迫害と陰謀の妄想に苦しむ後半生を過ごしたルソーが,おのれを語りつくして読者の裁定を仰ぐ目的で,追放の身をかこつ1760年代後半に書きつづったもの。〈1人の人間を自然のまったくの真実のままに描きたい〉という有名な言葉に始まり,生誕から65年にいたる53年間の生活,とりわけ自分の〈魂〉の歴史を善悪の別なく赤裸々に記している。その真摯な態度,自己分析の深さ,とりわけ青春時代のエピソードにみなぎる抒情など,それまでの文学にまったく類例を見ない独自の作品である。素姓にも地位にも恵まれぬ一介の個人が,あるがままの〈私〉を語り,それが読者を感動させうるという事実をルソーは《告白録》によって証明し,ロマン主義以後の近代文学に計り知れぬ影響を及ぼした。日本への紹介は森鷗外のドイツ語訳からの抄訳《懺悔記》(1891)が最初で,1912年,石川戯庵による原典からの完訳が出て以降,ひろく読まれるようになり,島崎藤村らに強い影響を与えた。
執筆者:鷲見 洋一
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アウグスティヌスの著。全13巻。400年頃の作。愛欲と求道の悩みをへて回心,受洗と母の死に至る前半生の自伝的宗教告白文学。ただし10巻以下は聖書解釈,時間論などを叙述。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…すでに17世紀末には,信仰自伝の形をとりながら,実は自身の恋愛や武勲などを描いたものが現れ,18世紀に入ると,こうした世俗化の傾向がいっそう濃化して,詐欺師,悪漢の自伝から,カサノーバの《回想録》のような,快楽性あふれる性的自伝までものされるに至る。もちろん歴史家のギボン,アメリカの万能人的実務家フランクリンの自伝のような,いわば価値ある生涯の記録も出ているが,内なる秘めごと,裸の私の定着を目ざす傾向と,自身の業績の確認という意向とがからみ合い,重なり合う所に生まれたのが,ルソーの《告白録》,ゲーテの《詩と真実》という自伝文学の最高峰であろう。こうした動きが,詩や小説にも波動を及ぼし,また流入したのが19世紀から現代に至る趨勢といってよい。…
… 1800年前後のロマン主義文学理論の提起に先立ち,ロマン主義的(ロマンティック)な傾向をもった作家や作品を総称して遡及(そきゆう)的に前期ロマン主義と呼ぶこともあるが,イギリス文学と類似の徴候は18世紀中ごろのドイツやフランスの文学にも見いだされる。とりわけルソーの書簡体小説《新エロイーズ》や自伝的な作品《告白録》がその代表とされる。恋愛を中心とする自己の感情の起伏や精神的苦悩を主人公に仮託して描く自伝文学は,ロマン主義文学の中でも主要な位置を占め,ゲーテの《若きウェルターの悩み》,シャトーブリアンの《ルネ》(1802),セナンクールの《オーベルマン》(1804),コンスタンの《アドルフ》へと継承され,ミュッセの《世紀児の告白》(1836)へと受け継がれる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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