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啓蒙専制主義 けいもうせんせいしゅぎenlightened despotism; aufgeklärter Absolutismus; despotisme éclairé

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

啓蒙専制主義
けいもうせんせいしゅぎ
enlightened despotism; aufgeklärter Absolutismus; despotisme éclairé

啓蒙絶対主義ともいう。 18世紀後半,ドイツ,イタリア,ロシアなどの君主たちにみられた政治のあり方で,絶対主義の一つの形態。啓蒙主義的な国家学説に基づき,官僚行政の合理化,強化を通じて富国強兵を実現しようとした,当時のヨーロッパの低開発国における上からの近代化の努力を表示している。これが成功したのはトスカナ,バーデンザクセンワイマールなどの小国においてであったが,プロシアやロシア,オーストリアなどの大国も成功したなかに入るであろう。理論の面ではフランスの重農主義者が唱えた「合法的専制主義」 despotisme légalもこれに属するが,むしろ実際の経済政策では重商主義をとる場合が多く,ドイツではカメラリスムスが啓蒙専制主義の国家理論をなした。王権神授説の理念は克服され,宗教的寛容政策や司法改革,教育の近代化,非人道的な刑罰の廃止,貴族の圧制の排除なども啓蒙専制君主の手でしばしば行われた。しかしその眼目は財政収入の増大による国権の強化にあり,議会主義,立憲主義の原理とは矛盾する絶対主義の最終形態にすぎず,フランス革命の勃発によって,終りを告げた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

啓蒙専制主義
けいもうせんせいしゅぎ
enlightened despotism英語
aufgeklrter Despotismusドイツ語

啓蒙絶対主義aufgeklrter Absolutismus(ドイツ語)ともいう。近代化に遅れた諸国、ドイツ諸領邦において君主を中心に啓蒙的諸政策を採用した絶対主義の一形態。ことに18世紀に入ると、啓蒙主義思潮の影響を受けて、専制君主による近代化が強行された。典型的にはプロイセンのフリードリヒ2世、オーストリアのヨーゼフ2世、ロシアのエカチェリーナ2世のように、ボルテールなどの啓蒙主義者たちと交流し、専制政治を行った。オーストリアのマリア・テレジア、レオポルト2世も含めて、君主は社会契約論による「国家=国民の従僕」と考え、王家と国家を区別し、担税力のある農民を封建的貴族から、手工業者をギルドから、住民を教会から解放する。しかし恩恵的な君主には、国家と国民の区別、国民の基本的人権が十分に意識されているわけではなかった。重商主義と、重農主義による農民保護、宗教からの寛容令などは啓蒙専制君主(開明専制君主ともいう)にとって、それ以上には譲れない進歩的政策であった。
 しかし、伝統的な教会、封建的貴族、都市の身分制と対立する官僚的絶対主義権力の強化は、啓蒙政策によって教会から国民に及ぶ警察国家をつくりだす。産業の育成、農民保護=解放、信仰の自由などは、資本主義の発展にとって上からの進歩的政策であり、ブルジョア的宮廷文化の華を咲かせたが、基本的に反農民・反労働者的であった。そこに啓蒙専制主義の限界があり、市民革命によって命脈を断たれる理由もあった。[進藤牧郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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