国王の支配権は神から授かったものであるから神聖不可侵であり、臣民は国王の命令には絶対に服従しなければならない、という政治思想。神授権説、帝王神権説ともいう。古代・中世の時代には、支配の原理としては王権神授説的な考え方が一般的であった。しかし、王権神授説が歴史上とくに重要性を帯びて登場してきたのは、15世紀から18世紀にかけての西欧世界において絶対主義国家とよばれる国家群が出現した時点である。なぜなら、各国の王は強大な国家的統一を目ざし、一方ではローマ教皇を中心とする旧教勢力、また宗教改革後にはジュネーブを中心とする新教勢力の双方からの外的影響力を排除するために、他方では新興勢力である市民階級の反抗を抑えるために、この王権神授説を用いたからである。新・旧両宗派はいずれも各国における聖・俗両分野の支配権を主張し、国王との対立が絶えなかった。また臣民は新・旧両宗派のいずれかに属していたから、国王と臣民多数との宗教が異なれば国王と臣民との間で、また異なる宗教をもつ臣民同士の間で宗教紛争が多発し、宗教問題は政治的・経済的利害とも絡んで、国内政治はつねに不安定な様相を呈した。王権神授説はこうした国際・国内問題を一挙に解決しようという王党側の政治理論であった。なぜなら、この説では、国王は自国における聖・俗両界の首長であるから、国王の意志・決定は内外を通じて最高・絶対であり、またそのような国王主権論に基づく支配の正統性は神によって保証されている、と主張できたからである。こうした思想は、イギリスではヘンリー8世がローマ教会と絶縁(1534)したことにより、フランスでは、エリザベス治世と同じころ、ユグノー(新教徒)の反抗を抑えてアンリ4世がブルボン王朝を創設(1589)したことによって具体的基盤を得た。
いまやイギリス、フランスでは政治の宗教に対する優位が確立されたが、今度は絶対王政は市民階級からの挑戦を受ける。市民階級は、悪政は変更できるという中世からあった暴君放伐論の思想に、政治権力の基礎は人民の同意や契約に基づくという新しい社会契約説を接合して、国民主権主義や議会政治の確立による政治の国民への開放を主張し始めた。この際、イギリス国王ジェームズ1世やフィルマーなどは、王権神授説に基づき、臣民による反抗を否定した。フランスではルイ14世の皇太子の師ボシュエが、フィルマーと同じく、王は神からその権力を授かり、家長が家族に対して絶対権力を行使するように、国家の長である王の権力も絶対である、という家父長制論的王権神授説を唱えた。フィルマーに対してはロックが、ボシュエに対してはルソーが批判を加え、市民革命の成功とともに王権神授説は影響力を失った。日本では明治維新によって近代国家が成立したのちにも、フィルマー流の家族国家観が支配の原理として重要な地位を占め、敗戦まで日本の近代化・民主化の進展を妨げた。
[田中 浩]
帝王神権説ともいう。王や皇帝が神からその権力を与えられたという考えを指す。こうした考えは人々の宗教意識の存在を前提にして古くから世界の各地で広くみられた。したがってその社会的・歴史的役割は具体的状況に応じてさまざまであった。16~17世紀のヨーロッパでは,下からの抵抗権を否定するとともに外からの介入--とくにローマ教皇の--を防止し,安全と平和を実現するために,王権神授説が主権論の一般向け教説として重要な役割を果たすことになった。そこでは権力の根拠は人間にではなく神に求められ,王は人間に対して何ら責任を負う必要がないとされた。第2次大戦前の日本においては天皇の神格が天皇の大権と結びついて政治的に巨大な機能を果たしたが,ヨーロッパの絶対主義の場合のように教会といった精神的権威が独立に存在しなかったために,人間の内面支配にまで深く立ち入ることになった。
→絶対王政
執筆者:佐々木 毅
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王の支配権は神から授けられたものであるため神聖不可侵であり,人民による反抗は許されないとする政治理論。王権を神に由来させる神権説は古くから存在し,通常その理論的根拠は新約聖書のなか(ロマ書13‐1,2)に求められるが,特に絶対主義時代のヨーロッパで主張されたものが有名。イングランドでは国王ジェームズ1世や政治思想家フィルマーが,フランスではルイ14世の皇太子の教育係ボシュエが,家父長制を国家にあてはめ,家庭で家長が絶対的支配者であるように,神から国家の長と定められた王は絶対的支配者であると主張した。社会契約説により挑戦を受け,これにもとづく市民革命が成功すると影響力を失った。
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