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啓蒙絶対主義 けいもうぜったいしゅぎ

百科事典マイペディアの解説

啓蒙絶対主義【けいもうぜったいしゅぎ】

啓蒙思想の影響を受け,政治・軍事の改革,産業の保護育成などを行い,上からの近代化を意図した18世紀西欧の発展途上国に現れた絶対王政の形態。プロイセンフリードリヒ2世,オーストリアのヨーゼフ2世,ロシアのエカチェリナ2世などがその代表的存在。

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世界大百科事典 第2版の解説

けいもうぜったいしゅぎ【啓蒙絶対主義 enlightened absolutism】

18世紀後半,ドイツ,イタリア,ロシアなどに現れた,絶対主義的な君主制の一局面。この時代フランスを中心に展開した啓蒙思想を,君主自身が〈上からの近代化〉のために採り入れ,官僚行政の拡充を通じて,さまざまの改革を試みたもの。これを代表する君主には,フリードリヒ2世(大王),ヨーゼフ2世などがあり,初期のエカチェリナ2世もそれに含められる。 啓蒙絶対主義の思想的源流のひとつは,フランスの重農主義者が唱えた〈合法的専制主義despotisme légal〉に見いだされるが,その意味するところは,君主を啓蒙して〈自然の理法〉を信奉せしめ,独裁権力による立法活動を通じて,伝統的な諸特権を排除することにより,この自然法則を社会に貫徹させることにあった。

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世界大百科事典内の啓蒙絶対主義の言及

【ドイツ】より

…18世紀において〈帝国(ライヒReich)〉という言葉は,西南ドイツを中心とする諸小国圏の別称ともなっていたのである。
[啓蒙と未熟]
 17~18世紀におけるドイツの領邦諸国家の国制は,西欧諸国と同様に絶対主義のそれであり,18世紀後半には絶対主義は啓蒙絶対主義の段階に入る。啓蒙絶対主義はプロイセンのフリードリヒ2世,またオーストリアのヨーゼフ2世など大国の君主の統治様式に見られるのみならず,ザクセンのフリードリヒ・アウグスト3世義人公Friedrich August III der Gerechte(在位1763‐1827)やザクセン・ワイマールのカール・アウグストKarl August(在位1775‐1828)等中小国にも数多くの例をもって,18世紀後半のドイツ諸国の政治を特徴づけている。…

【プロイセン】より

…領土の面では,1772年の第1次ポーランド分割を通じて,西プロイセンを併せ,東プロイセンをブランデンブルクと結びつけることができた。内政面におけるフリードリヒの諸改革は,〈啓蒙絶対主義〉の模範とされている。しかし殖産興業や司法の近代化,学校教育の改善,宗教上の寛容政策などの成果にもかかわらず,この王のもとでもユンカーの領主支配権は侵害されることなく,貴族は軍隊における将校団として,また高級官僚として,プロイセン絶対王政のおもな支柱となった。…

※「啓蒙絶対主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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