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喧嘩両成敗法 けんかりょうせいばいほう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

喧嘩両成敗法
けんかりょうせいばいほう

中世武家法にみえる法令であり,私闘を抑圧するために,口論闘争に及んだ当事者双方を,「理非ヲ謂ハズ」同罪に処する条項。この種の法規の初期のものとしては,文安2 (1445) 年,藤原伊勢守の高札が有名である。

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百科事典マイペディアの解説

喧嘩両成敗法【けんかりょうせいばいほう】

喧嘩の当事者双方に理非を問わず同一の刑を科す規定。戦国時代分国法に顕著。江戸時代には軍令に使用されたほかは,慣習法として残る。

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世界大百科事典 第2版の解説

けんかりょうせいばいほう【喧嘩両成敗法】

喧嘩両成敗法の本来のかたちは,喧嘩をした者は双方とも,〈理非〉つまり喧嘩の原因を問うことなく,同等の処罰をうける(相手の被害と同じ害を罰としてうける)というもので,この場合の喧嘩とは物理的闘争のみを指す。したがって喧嘩を仕掛けられても応戦しない者は処罰されない。たとえばAがBを怒らす原因(侮辱,横領,債務不履行等々)を作り,Bが実力行使に及んだ場合(B:理,A:非)でも,Aが応戦しないかぎり,Bのみが処罰される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

喧嘩両成敗法
けんかりょうせいばいほう

戦国時代、喧嘩で暴力を行使した者に対し、理非を問わず当事者双方に刑罰を課した法。日本の中世には、喧嘩で受けた被害に対して、復讐(ふくしゅう)することが強い倫理規範として存在しており、しかも個人的私闘は多く集団的私戦に転化した。こうした私闘に対して室町幕府は1346年(正平1・貞和2)以来しばしば禁令を発し、1352年(正平7・文和1)には、先に攻撃した側は理非を論ぜず所領没収、防戦側は非理(喧嘩の原因に関して正当性がない)の場合は同罪、理ある場合も所領半分没収と定めたが、その後、攻撃側・防御側ともに原因の理非を問わず処罰される方向が強化され、それが戦国大名の分国(ぶんこく)法に継承されて両成敗法となった。両成敗法は要するに自力救済行為を否定し、大名裁判権に強制的にゆだねさせることを目的に制定されたもので、江戸幕府も初期にはこれを採用している。[新田英治]

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世界大百科事典内の喧嘩両成敗法の言及

【今川仮名目録】より

… その内容は,検地,境相論,知行地売却,債権債務,相続,不入地など多岐にわたるが,一般的傾向としては,領国統治法としての性格より,家臣統制法の性格が強いといえる。これらの統制法では,相続などすべての分野において厳しい大名の統制が打ち出されているが,それを象徴するのが第8条の喧嘩両成敗法である。この両成敗法は,一揆契約状を除けば最も古く,家臣のあらゆる自力救済行為を禁じ,その紛争を今川氏の裁判権にゆだねることを強制したもので,その制定は,法史上画期的なものとされている。…

【江戸時代】より

…安土桃山時代に続く時代。徳川家康が征夷大将軍になった1603年(慶長8)から,15代将軍徳川慶喜が大政を奉還して将軍を辞した1867年(慶応3)までの265年間を指す。この間,権力の中枢である幕府が江戸に置かれたのでこの呼称があるが,徳川氏が権力を握っていたので徳川時代ともいう。また安土桃山時代のうち豊臣秀吉が全国を統一した1590年(天正18)から1867年までを,その支配体制が幕藩体制であったという理由で近世として一括する時代区分が最近では有力である。…

【喧嘩】より

…けんか両成敗というのは,理由を問わず,けんかをした者は両方ともよくない,とくに暴力沙汰になったとき,先に手をだした者が悪いとすることだった。武士間の定めとして15世紀中ごろ,室町時代中期に幕府が〈喧嘩両成敗法〉をきめたので,各大名のもとでもその決りが採用され,けんかをした者は重ければ所領没収,軽くても叱責(しつせき)とされた。江戸幕府ができてからはけんか両成敗は慣習上の定めになって法律化はされなかった。…

【成敗】より

…明治維新後,修史館において旧幕府の記録を漢訳するに当たり,〈成敗〉を改めてことごとく〈処斬〉としてしまったという。また喧嘩両成敗法にいう成敗も原被両者に死罪を科すという意味であった。【辻本 弘明】。…

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