嘉興(読み)かこう

精選版 日本国語大辞典 「嘉興」の意味・読み・例文・類語

かこう【嘉興】

  1. 中国地名浙江省北部の都市三国時代の呉にこの名が起こった。揚子江デルタの中心に位置し、大運河に沿う水陸交通の要地

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「嘉興」の意味・わかりやすい解説

嘉興
かこう / チヤシン

中国、浙江(せっこう)省北部の地級市。北に蘇州(そしゅう)、南に杭州(こうしゅう)を控え、西は湖州(こしゅう)、東は上海(シャンハイ)に通じる揚子江(ようすこう)デルタ南部の中心地である。人口348万1000(2014)。2市轄区、2県を管轄し、3県級市の管轄代行を行う(2016年時点)。古くから南北交通の大動脈である大運河に沿い、滬昆(ここん)線(上海―昆明(こんめい))、滬杭高速鉄道(上海―杭州)が通じる。

 春秋時代は李(すいり)とよばれ、秦(しん)、前漢代は会稽(かいけい)郡、後漢(ごかん)では呉(ご)郡に属する由拳(ゆうけん)県の地であった。三国呉では由拳は禾興(かこう)に、ついで嘉興に改められ、唐代まで呉郡に属した。五代後晋(こうしん)では嘉興県に秀州が置かれ、宋(そう)代はこれによったが、南宋の孝宗がこの地に生まれたのでのちに府に昇格した。元代には嘉興路、明(みん)・清(しん)代には嘉興府の治所が置かれた。1949年嘉興県の県城地区に嘉興市を設置、一時廃止されたが1979年復活し1981年県城も市に編入された。

 付近一帯の肥沃平野に産する良質な浙江米の大集散地として発展し、明代中期以後は隣接する湖州とともに、製糸絹織物など農村手工業の中心地となった。市の中心部にある南湖(なんこ)は、1921年に中国共産党第1回全国代表大会(党大会)が行われた地として知られる。郊外には西塘(さいとう)、烏鎮(うちん)など、長い歴史をもつ水郷地帯があり、多くの観光客が訪れる。

[林 和生・編集部 2017年4月18日]

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改訂新版 世界大百科事典 「嘉興」の意味・わかりやすい解説

嘉興 (かこう)
Jiā xīng

中国,浙江省北東部の市。人口88万(2000)。太湖の南東,低湿で肥沃な平原にあり,農産物水産物に恵まれ,〈魚米之郷〉と呼ばれた。また大運河の中継地として交通の中心である。春秋時代にすでに檇李(すいり)城があり,呉興(湖州)と同じく呉・越の境界にあって抗争の地であった。秦に由拳(ゆうけん)県,三国呉に禾興(かこう)県となり,すぐに今の名に改められた。五代からは州府が置かれ広域中心となったが,その地理的位置により,時代の勢力関係に従って,蘇州への所属と杭州への所属が反復した。市の南にある鴛鴦(えんおう)湖(南湖)は景勝の地で,湖中には烟雨楼(えんうろう)があり,また1921年にはこの湖の船中で中国共産党第1次全国代表大会が開かれた。
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百科事典マイペディア 「嘉興」の意味・わかりやすい解説

嘉興【かこう】

中国,浙江省北東部の都市。長江デルタの中央に位置し,大運河と滬杭(ここう)鉄路(上海〜杭州)に沿い,水陸交通の要地。付近には良質の浙江米や生糸を産し,活発な商業都市である。85万人(2014)。

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