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土佐紙 とさがみ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

土佐紙
とさがみ

約 1000年前から土佐国 (高知県) で産した手すき和紙山内一豊の土佐入国後まもなく,山内家から年々徳川家に献上したもの。江戸時代にすでに紙産地の第1位に立って高度な紙すき技術を確立した土佐の和紙生産は,多種類の優良品を生産しているが,おもなものを原料別にあげると次のとおり。 (1) コウゾ 典具帖 (繊細な繊維を紗を用いて抄出した白色の薄紙。海外にも輸出し貴金属の包装,書画の模写,コーヒーのろ過などに使う) ,土佐書院 (純白な障子紙の優良品) ,杉原 (武士の公式用紙) ,丈長 (婦人の髪飾り用) ,小杉原 (懐紙) ,土佐唐紙 (揮毫用) ,半紙。 (2) ミツマタ 東錦 (純白な記録用紙) ,若緑 (複写用) ,紗漉書院 (記録用) ,脂入書院 (便箋用) ,半紙,半切,白鳳紙 (揮毫用) ,図引紙 (青写真の原画用) 。 (3) ガンピ コピー紙。

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世界大百科事典 第2版の解説

とさがみ【土佐紙】

高知県の各地ですかれている和紙の総称。紙祖は紀貫之であるとの伝記もあるが,《延喜式》に土佐が主要な産紙国の一つにあげられていることからも,それ以前から製紙が行われていたと考えられる。江戸時代初期にすでに土佐七色紙は全国的に知られていた。《紙譜》(1777)が刊行されるころには,越前,美濃と並んで三大産地の一つになっていた。土佐藩紙専売制をとり,はじめは藩が紙をすべて独占する厳しいものであったが,紙すき農民の反抗によってしだいに後退して,一部の自由販売を認めるようになった。

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世界大百科事典内の土佐紙の言及

【土佐国】より

…民間では17世紀後期安芸郡を中心に上方への薪積出しが活発化し,浦々に廻船ブームがまき起こったが,18世紀に入ると上方問屋の買いたたきや資源枯渇のためしだいに沈滞に向かった。 近世初頭,吾川郡成山(なるやま)(現,伊野町)で創出された七色紙が山内一豊に献上されたのを契機に,同地域は御用紙漉(かみすき)に指定され,厳重な保護統制を受け,土佐紙の声価が高まった。やがて各地に発生した紙漉に対しても,藩は御蔵紙と称する専売制度を適用して民利を奪ったので,1755年(宝暦5)には津野山一揆,87年(天明7)には池川紙一揆が起こった。…

※「土佐紙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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