日本大百科全書(ニッポニカ) 「土壌侵食」の意味・わかりやすい解説
土壌侵食
どじょうしんしょく
soil erosion
風や降雨などで表土が流され土地が荒廃すること。土壌生成に必要な十分の生成年月を経て成熟に達した土壌は、それぞれその土地の気候や植生の環境のもとに一定の断面形態を具備して安定している。たとえば温帯多雨気候下の褐色森林土はA・B・Cの層位が分化し成熟土としての断面形態をもつ。しかし傾斜地では表層の土粒が流されやすく、急崖(きゅうがい)の上端にある土層は削落することもある。その結果A層の一部または全部が失われてしまうが、この現象を広義の土壌侵食という。これは山地の谷壁斜面や山頂付近の裸地ではつねにおこっている現象で、同時に風化作用が下層の母材を土壌に変えていて、断面形態としては大きく変化しない状態に保たれている場合が多い。もし山火事で広い範囲に植生が失われると、急激に土層の剥離(はくり)がおこりうる。同じ現象が人為的な森林伐採でおこり、さらに耕地が開かれた場合には、作物のうね間や刈り取り後の裸地の表土が流乏する。このような人為による自然植生の改変によっておこる土壌の剥離を狭義の土壌侵食という。またそれは、前者の土壌侵食が長い地質時代を通じて徐々に進行するのに対し、急速に発生するので加速侵食ともよばれる。アメリカ合衆国の西部開拓時代に大平原地方で行われた略奪的農牧開発の結果、加速侵食が進行していたが、その害がにわかに注目され始めたのは20世紀なかばに近くなってからである。表土層の侵食による肥沃(ひよく)土壌の流乏を防ぐために、裸地状態を放置せず、穀類と牧草との輪作を行ったり、等高線帯状耕地を配したり、風食による微粒土壌の飛散を防ぐための防風フェンスの設置や、土粒の団粒化を図るための特殊薬剤の投入などが試みられた。日本では第二次世界大戦後の国土開発に伴い、農耕地の保全対策がとられるようになったが、そのなかに土壌侵食に対する警鐘が加えられた。ただ日本の耕地の半分は水田であって、傾斜地でも階段状に水平面を保つ必要上、表土の流下は畑地や果樹園地ほど顕著ではない。
土壌侵食を促進させるものは降雨(集中豪雨や長雨)、融雪、強風などの気象状況、および農耕地の管理方法に欠陥のある場合が考えられ、そのほかに土壌の受食性、耐食性も考慮される。
侵食の形態は表面侵食sheet erosion(地表を布状に流れる雨水によって表土が面状に薄く剥離される)、リル侵食rill erosion(地表のわずかな凹所に集中した雨水が斜面の下方に向かって平行した多数の溝を刻む)およびガリ侵食gully erosion(斜面と斜面の接合部などに生ずる深い峡谷状の切れ込み)の三つの型に大別される。このうち表面侵食は一度の降雨では気づかない程度のものであるが、長期間のうちにA層の大部分が広面積で削剥されるので、重大な被害をもたらすといわれる。
[浅海重夫・渡邊眞紀子]