コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

地丁銀 ちていぎん di-ding-yin; ti-ting-yin

6件 の用語解説(地丁銀の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

地丁銀
ちていぎん
di-ding-yin; ti-ting-yin

中国,清代の最も主要な租税。それまでの課税基準であった地銀と丁銀のうち,丁銀を地銀のなかに繰入れて徴収する税法。地丁併徴ともいわれる。この税法の実施は,康煕 50 (1711) 年の壮丁 (丁銀徴収の対象となる男丁) 数調査を最後に,以後の増加壮丁には課税しないという盛世滋生人丁の実施 (13) とともに丁銀額が固定した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ちてい‐ぎん【地丁銀】

中国、代の税制。土地に課する地銀の中に丁口に課する丁銀を繰り込み、一括して徴収する方法。1717年より開始された。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

地丁銀【ちていぎん】

中国,清朝康煕帝の晩年に施行された税制。古来それぞれ独立していた丁銀(人頭税)と地銀(土地税)を一本化し,土地のみに課して徴収。丁税を廃止した点で画期的改革とされる。
→関連項目賦役(中国)雍正帝

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ちていぎん【地丁銀 dì dīng yín】

中国,清朝の土地税。田賦ともいう。清朝の租税は,ほかに関税・塩税・雑税があり,清末には新税も増設されたが,これらはすべて間接税で,直接税は地丁銀だけであった。清朝は,明代の地銀(地賦)・丁銀(丁賦)2本立て租税を引きついだが,人頭税である丁銀(16~60歳の壮丁に課税)は,官僚層の免除特権の乱用,富裕地主の丁数ごまかし,貧困農民の未納増加などの諸要因から,その徴収が困難になった。そこで清朝は,1713年(康熙52)から盛世滋生人丁を新設して丁額・丁銀額を固定化し,16年広東省において丁銀を地銀の付加税として合併徴収することとしたのを最初として,20年代(雍正1‐7)に各省の地丁銀がつぎつぎに成立した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ちていぎん【地丁銀】

中国、清代の税制。無産者の増加によって丁銀徴収が難しくなったことから、地賦(土地税)の中に丁賦(人頭税)を繰り込み、一つの税目として銀で納めさせる制度。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

地丁銀
ちていぎん

中国、清(しん)朝の土地税。田賦(でんぷ)ともいう。清朝の租税はほかに関税、塩税、雑税があるが、これらはすべて間接税で、直接税は地丁銀だけであった。清朝は明(みん)代の地銀、丁銀二本立て租税を引き継いだが、人頭税である丁銀(16~60歳の壮丁に課税)は、官僚層の免除特権の乱用、富裕地主の丁数ごまかし、貧困農民の未納増加などの諸矛盾から、その徴収が困難となった。そこで1713年から盛世滋生人丁(せいせいじせいじんてい)を設けて丁額、丁銀額を固定化し、16年広東(カントン)省において丁銀を地銀の付加税として合併徴収することとしたのを最初として、1720年代に各省の地丁銀が次々に成立した。ただ台湾は1740年代、貴州省は1770年代と遅れて実施され、山西省の一部地方は清末まで実施されずに終わった。丁銀を地銀に付加する方法はさまざまであるが、一般的には地銀1両につき丁銀若干を上乗せする方法がとられた。地丁銀の成立によって、明代以来の租税銀納の趨勢(すうせい)がいっそう徹底するとともに、中国古来の伝統的租税であった人頭税が消滅したことの歴史的意義は大きい。[北村敬直]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の地丁銀の言及

【清】より

… 財政は,基本的には明制をうけついでいるが,ただ明末の重税を廃して整理された。租税は地丁銀・塩課(塩の専売収入)・関税(内地関税)の3本柱からなる。なかでも地丁銀は80%台から18世紀でも70%台を占め,最重要な租税であった。…

【賦役】より

…秦・漢以後は,戸口を按じて徴収する税を賦といい,それと別に丁男を徭役に徴発したので,賦と役ははっきり区別されるようになった。下って明代に一条鞭法が施行されてから,戸口を按じて徴発する徭役分を銀両で徴収するようになり,つづいて清初には丁男から徴収する丁銀を田地から徴収する田賦に繰り入れるにいたり,賦役と賦税は同義となり,内容は地丁銀にほかならなくなった。すなわち賦役の語は,おおまかにいって一つは徭役,二つは田賦すなわち土地税と徭役の両者を意味する意義の変遷があったのである。…

※「地丁銀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

地丁銀の関連キーワード紫禁城興京黄竜旗清朝地税旗兵清朝体弩爾哈斉清朝の満州語公文書清代美術

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

地丁銀の関連情報