日本大百科全書(ニッポニカ) 「土地所有」の意味・わかりやすい解説
土地所有
とちしょゆう
landownership 英語
Grundeigentum ドイツ語
地球の表面の一定部分である土地は、食糧の源泉でもあるし、労働手段の源泉でもあり、富の生産にとって、労働がその父であれば、母ともいうべき重要な役割をもっている。それゆえ、労働の主体としての人間が、土地をいかなる形態で自己の支配領域に置くかということ、つまり土地所有は、人間社会の生産関係の性格を規定するうえで、つねに基礎的条件をなしてきた。
人間社会が、その発生にあたって、最初に土地との間に取り結んだ関係は、本源的所有(原始共同体的所有)とよばれる。そこでは、労働者は、共同体のなかでの共同労働を媒介にして、共同の財産としての土地と結び付いていた。かように、労働と、労働の物的諸条件たる土地、その他の生産手段とが自然的に統一されていた、本源的所有という所有関係において人間社会が出発したことは、銘記すべきである。
生産力の一定の発展段階において、共同体の内部で、個人労働が優位を占め、家族間の財産格差が生じ、私有財産、私的土地所有の関係が発生し、階級社会に転化していった。原始共同体から階級社会が成立してくる過渡期において、人類社会は、アジア的、古典古代的、ゲルマン的、の三つの土地所有移行形態を経ている。
アジア的形態=農業共同体においては、共同体的土地所有が本来の現実的土地所有であり、共同体の成員は、自ら耕作する土地の単なる占有者にすぎない。農土未分離で、共同体は未解体であり、この関係が敵対的関係に転化するときは、共同体ぐるみ専制君主に隷属する総体的奴隷制に導かれる。
古典古代的形態(ギリシア、ローマ)においては、共同体の分解が進行して、農村では農民の分割地所有が成立し、共同体的土地所有と並存している。分割地所有農民は、都市共同体の成員であることにおいてのみ、その土地所有が保証されるという限界をもつが、共同体成員としては、彼らはすでに私的土地所有者である。この形態が敵対的関係に転化すると、貴族的大土地所有(ラティフンディウム)と古典古代的な労働奴隷制に導かれる。
ゲルマン的形態においては、共同体的土地所有に対して農民の小自由土地所有が優位にたち、前者は後者の補充にすぎなくなる。この形態が対立物に転化すると、中世の農奴制に導かれる。
このような三つの過渡的形態を経て、人類社会は、私的土地所有を基礎とする階級社会へと移行したのであるが、私的土地所有の発生は、一定の生産力段階への対応であるとともに、本源的所有関係の破壊、略奪を契機としているのである。私的土地所有という関係においては、特定の諸人物が、彼らの私的意志の排他的領域として、土地をすべての他人を排除して自由にしているのである。排他性をもった土地所有の独占であり、これを基礎ないしは前提にして階級社会が成立しているのである。近代社会以前の生産力段階においては、土地が富のもっとも主要な要素であり、経済(富)の体系は土地所有の体系としてとらえられる。
土地所有の体系の典型は封建的土地所有である。そこでは、封建領主が土地を独占所有し、自己の生産用具(農具、家畜)を所有してなかば自立している直接生産者から、全剰余労働を封建地代として収奪していた。この収奪を媒介したものは、人格的な従属諸関係、土地緊縛などの経済外的強制である。ここでは、地代は剰余価値または剰余生産物の唯一の支配的で正常な形態であった。封建地代は、労働生産力および社会関係一般の発展に従って、労働地代、生産物地代、貨幣地代という三つの基本的形態を経る。
封建的土地所有の解体において、農民的分割地所有が成立する。ここでは、農民は自ら経営する土地の自由な所有者であり、封建的隷属から解放されている。この形態は小経営のための土地所有のもっともふさわしい形態で、農業生産力が高次に発展するための経過点であるが、農民は自分および家族の生計費を獲得できれば耕作できるので、農産物価格は費用価格の線に決まり、土地購入費の負担をまかなえず必然的に分解する。
農民的分割地所有の分解によって、近代的土地所有が生まれる。近代的土地所有のもとにあっては、現実的な耕作者は賃労働者であり、資本家的借地農業者によって就業させられ、借地農業者は土地所有者に対して地代を支払う。資本制地代は、借地農業資本家に平均利潤を保証してのちの超過利潤の転化形態であり、差額地代と絶対地代の二つの基本形態があり、さらに都市には独占地代が発生する。
農業生産においては、土地の有限性という条件下、優良地のみでは需要を満たしえず、最劣等地の個別的生産価格が市場価値を形成し、優等地に超過利潤が発生し、土地所有者の手に帰する。これが差額地代である。差額地代は、追加投資が進むほど、文明一般が発展するほど、単位面積当りでは増加してゆく。地代の増大は、土地価格の増大をももたらす。
土地は労働の生産物ではなく、価値をもたないが、地代を一定の利子率で資本還元した擬制価格として価格を有し、商品として売買される。都市では、購買者の支払い能力が、農民よりも高い(企業の高利潤基準)ので、農地価格よりも高い地価が形成される。
絶対地代は、農業資本の相対的低位構成を条件とする価値と生産価格の差額から生ずる。
近代的土地所有の下において、借地によって農業に社会的大経営が成立し、私的土地所有の関係の下で可能な限り生産力は発展する。他方、資本制社会が発展すればするほど、地代、地価は高騰し、土地の私的所有の不合理性をさらけ出す。地代、地価は、土地所有者の労働の成果でなく、不労所得である。
[保志 恂]
『保志恂著『地代と土地所有』(富塚良三編『経済分析入門』所収・1972・有斐閣)』▽『保志恂著『再生産論と地代論』『地代論と農法論』(保志恂著『日本農業構造の課題』所収・1981・御茶の水書房)』▽『久留島陽三・保志恂・山田喜志夫編『資本論体系7 地代・収入』(1984・有斐閣)』▽『K・H・マルクス著、手島正毅訳『資本主義的生産に先行する諸形態』(大月書店・国民文庫)』▽『K・H・マルクス著『資本論』第3巻第6編(向坂逸郎訳・岩波文庫/岡崎次郎訳・大月書店・国民文庫)』