翻訳|geopolitics
スウェーデンの政治学者チェレーンRudolf Kjellén(1864―1922)によって第一次世界大戦直前につくられた用語で、政治地理学が世界の政治現象を静態的に研究するのに対し、地政学はこれを動態的に把握し、権力政治の観点にたって、その理論を国家の安全保障および外交政策と結び付ける。地政学を大成したのはドイツの軍人K・ハウスホーファーであった。彼はヒトラーのナチス党と結び付き、地政学は、第三帝国の領土拡大政策の基礎としてゲルマン民族至上主義と民族自給のための「生活圏」Lebensraumを主張するプロパガンダの手段と化した。しかし今日では南北問題の解明などのために新たな地政学が必要とされよう。
[川野秀之]
『ルドルフ・チェレーン著、阿部市五郎訳『地政治學論』(1941・科学主義工業社)』▽『ハウスホーファー著、太平洋協会編訳『太平洋地政学』(1942・岩波書店)』▽『ルドルフ・チェレーン著、金生喜造訳『領土・民族・国家』(1943・三省堂)』▽『ハルフォード・ジョン・マッキンダー著、曽村保信訳『デモクラシーの理想と現実』(1985・原書房)』▽『高木彰彦他編『アジア太平洋と国際関係の変動――その地政学的展望』(1998・古今書院)』▽『アントニオ・グラムシ著、上村忠男編訳『知識人と権力――歴史的・地政学的考察』(1999・みすず書房)』▽『ジョン・オロッコリン著、滝川義人訳『地政学事典』(2000・東洋書林)』▽『奥山真司著『地政学――アメリカの世界戦略地図』(2004・五月書房)』▽『アルフレド・セア・マハン著、北村謙一訳『マハン 海上権力史論』新装版(2008・原書房)』▽『曽村保信著『地政学入門――外交戦略の政治学』(中公新書)』▽『倉前盛通著『悪の論理――地政学とは何か』(角川文庫)』
地理的諸条件を基軸におき,一国の政治的発展や膨張を合理化する国家戦略論が地政学である。地政学という名称を最初に用いたのは(1916),スウェーデンの学者チェレン(ヒェレン)Rudolf Kjellén(1864-1922)であったが,内容的にはドイツのF.ラッツェルが,すでに生存圏肯定の理論としてI.カントの政治地理学を再編成し直し,ドイツの植民地拡大政策の根拠づけを行っていた(1889)。ラッツェルとチェレンの生存圏,自給自足,大陸国家優先の地政学は,ドイツのK.ハウスホーファーによって受け継がれた。地球上の生存空間を求める国家間の競争が,政治地理,経済地理,さらにその根幹となる自然地理から科学的に説明できるとする彼の学説は,世界が汎アメリカ,汎アジア,汎ユーロアフリカ,汎ロシアの四つの総合地域に統轄されると主張し,その中でドイツの支配する汎ユーロアフリカ地域のみが大陸海洋両様地域として発展しうるという,ナチス・ドイツのイデオロギー的基礎となる地政学を展開した。これに対し英米系の地政学では,同じく大陸パワー論をとりながらもドイツの支配をおそれる立場で地政学を唱えたイギリスのH.J.マッキンダー,海洋パワー論の見地でアメリカの海洋戦略を強調したアメリカのA.T.マハン,大陸パワーと海洋パワーの接触地帯をリムランドrimlandと名づけ,日独伊枢軸から成るこのリムランドと米英ソの連合勢力との勢力均衡論のなかで,アメリカの国益追求を権力政治的に基礎づけようとしたスパイクマンNicholas J.Spykman(1893-1943)など多様性があった。第2次大戦後,北極の重要性,北アメリカの隔離性の喪失,大陸の潜在力の増大を強調する地政学や,アメリカ核戦略と結合してリムランドのうちカリブ海,日本,西欧,オーストラリアのみを重視する地政学などいくつかのものが出現したが,一般的には政治地理学の部分的理論として相対化された。
執筆者:関 寛治
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一般には,自然地理的環境と民族や国家との関係を重視し,その解明をめざす学問をさす。考え方としては古来のものだが,19世紀にドイツのラッツェル(F.Ratzel)やスウェーデンのチェレーンによって体系化され,アメリカの海軍戦略家マハン,イギリスのマキンダー(H. J. Mackinder)の「ユーラシア大陸論」などにも同様の議論がみられる。ハウスホーファーらの地政学はナチスの侵略政策の合理化に用いられ,批判された。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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