地球環境科学(読み)ちきゅうかんきょうかがく(英語表記)global environmental science

日本大百科全書(ニッポニカ) 「地球環境科学」の意味・わかりやすい解説

地球環境科学
ちきゅうかんきょうかがく
global environmental science

環境科学とは、人間活動による環境への影響を扱う学問で、なかでも地球全体を視野に入れる環境科学が地球環境科学である。地球環境科学では、さまざまな環境問題の原因を明らかにし、それぞれの問題の解決だけでなく、より根本的な原因を解明して、その解決の道を探ることが目ざされている。

 人々の環境への関心は、はじめは身のまわりの環境に起こった異変に注目する、いわゆる「地域の環境科学」であった。これは、日本では「公害」とよばれていた。1970年代になると、工業化の進んだ中部ヨーロッパで出された汚染大気が北ヨーロッパ酸性雨をもたらし、河川や湖沼を酸性にして魚をすめなくしたり、森林を枯らしていることが明らかとなった。このように、原因の発生地と被害地がかなり離れている事例が知られるようになり、より広域で環境の問題をとらえる動きが出てきた。決定的だったのは、世界中で化石燃料が大量に使われていることによって、地球をおおっている大気中の二酸化炭素の濃度が高くなり、地球温暖化の可能性が指摘されたことである。これが1980年代後半のことであり、こうして地球全体を視野に入れる「地球環境科学」が生まれた。

[高橋正征]

地球環境問題と人類

私たちは、現在、地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨、ダイオキシン汚染、POPs(ポップス)(persistent organic pollutantsの略。残留性有機汚染物質ともいい、分解しにくい猛毒性の有機汚染物質のこと)による汚染、重金属類汚染、農薬汚染、放射性物質汚染、富栄養化、生物濃縮、環境ホルモン、光化学スモッグ、砂漠化の進行、土壌汚染など、実にさまざまな環境問題を抱えているが、これらはすべて人間が関係して起こっている。人間がもたらす作用の違いで問題を整理すると、次の六つにまとめることができる。

[高橋正征]

土地利用の変化の影響

第一は、陸地の土地利用の変化による影響である。人間は森林を伐採して農地、都市、道路、工場用地などをつくってきた。これは土地利用が森林から農地などに変わったことを意味する。その結果、森林に蓄えられていた炭素が、木材が燃えたり腐って二酸化炭素になり大気中に放出された。また、森林の消失はそこにすむ生物の生活場所を奪い、なかには絶滅する種も出た。森林から農地に変えられた面積は陸地面積の約10%を占め、同じように森林が都市や牧場などに変えられた面積を10%程度と考えると、地球本来の森林面積は、現在の約30%から20%ほど多くなり、かつては陸地の半分近くを占めていたと推定される。

[高橋正征]

地下資源利用の影響

第二は、石油、石炭、鉄鉱石などの地下資源の利用の影響である。地下資源は再生がきわめて遅く、人間の使う速さに比べるとほとんど再生しない資源といえる。したがって、地下資源は使うと枯渇し、同時に使用に伴って大部分の廃棄物が地表に捨てられて地球上に溜まっていく。地下資源の枯渇それ自体は地球環境に与える影響は大きくはないが、廃棄物のまき散らしは大問題である。代表的な例は、化石燃料の使用で排出された二酸化炭素が大気中で増加することである。廃棄物の問題は化石燃料に限らず、すべての地下資源で起こる。二酸化炭素のように気体になるものは大気中に入って地球規模で広がって薄まるが、気体にならない廃棄物は出された周辺を直接汚染する。カドミウムによるイタイイタイ病や、有機水銀による水俣病などが後者の例である。また、二酸化炭素などの温室効果ガスが大量に大気中に排出され続けば、地球温暖化の要因の一つとなる。

[高橋正征]

人工合成物質による影響

第三は、人工合成物質をつくって使うことによる影響である。人工合成物質には、天然にありながら人工的につくったほうが安くて簡単といった理由でつくられた物質、たとえば窒素肥料などがある。窒素肥料は空中窒素を原料としてつくるが、使用後に元の空中窒素に戻すこと(脱窒)をしない。そのために、農地にまかれた窒素肥料は、しだいに地球上に蓄積されていき、窒素肥料汚染(富栄養化)を起こしている。一方、天然にない物質も人工的につくられ使われている。こちらは自然には存在しない物質なので、自然界の生物の働きで分解されることはなく、そのために多くの物質が長い間地球上に残ってしまう。なかには、フロンガスのようにオゾン層を破壊したり、POPsや人工放射性物質のように人体に対して非常に危険なものもある。すでに数千万種類の自然界にはない人工合成物質が開発され、その多くが利用されている。

[高橋正征]

外来生物による影響

第四は、ある地域に人間がよそから生物をもち込んで起こる問題、すなわち外来生物問題である。街路樹、庭園草木類、作物、果樹、園芸品種、養殖魚類、家畜類、生物駆除生物、各種のペットなど、さまざまな動植物が人間によって世界各地にもち込まれている。これら人間によってもち込まれた生物を外来生物、外来種という。輸入物に付着・混入して勝手に入ってくる動植物も多い。問題となるのは、動植物がもち込まれる(捨てられたり、逃げ出す場合も含む)と、本来その場所にあった生態系が攪乱(かくらん)されるからである。なかには、侵入した生物によって生活場所を奪われたり、絶滅に瀕(ひん)する種も出てくる。侵入種のアメリカザリガニに生息地を奪われたニホンザリガニが、北海道と東北の限られた場所に追い詰められてしまった例などがある。

[高橋正征]

地球規模での物質移動による影響

第五は、資源や製品の地球規模での移動、輸出入による影響である。日本は、1990年(平成2)には年間に約7億トンの資源を外国から輸入し、家電、自動車などの製品を製造して外国に輸出しているが、輸出量は輸入量の10分の1の約7000トンにすぎない。輸入された資源の一部は、石油、石炭、天然ガスのように燃やされてしまうものもあるが、大部分はごみとなって、日本国内にたまっていく。また、国内での年間の物質の移動量は、輸入量の2倍強の約14億8000万トンで、これも生産地と消費地で同様の問題を抱える。また、物の移動に伴う燃料消費による二酸化炭素などの排出問題もある。自然環境を維持するためには、物の移動はできるだけ少なくするか、移動したら使用後に元の場所に戻すことが、地球の環境を支えているもっとも基本的な仕組みである物質循環を正常に維持する上で不可欠である。

[高橋正征]

戦争による影響

第六は、戦争による影響である。戦争は、さまざまな影響を地球環境にもたらす。戦場になった場所は自然が破壊され、激戦地では土地利用が変化する。砲弾や爆弾に含まれている毒物が環境にまき散らされ、ヒトをはじめとした生物を殺傷し、土壌や水系にも深刻な影響を及ぼす。ベトナム戦争では、ジャングルの見通しの悪さをなくすために大量散布された枯れ葉剤(かれはざい)に含まれていたダイオキシンの影響が長い間残った。こうした武器・弾薬をはじめとしたさまざまな物資の大量使用による資源のむだ遣い、環境破壊は著しい。ただ、戦争によって漁業活動が行われなくなって、生物資源が回復したという皮肉な効果もある。

[高橋正征]

地球環境をめぐる展望

地球環境問題の根本の原因は、突き詰めれば増大した人口と、増大した個人の欲望(豊かさの追求)である。「欲望をふくらませた個人が増える」ために、地球環境への人類の影響は相乗的に大きく働いてしまう。「豊かさの追求」という人類の夢を消さないようにして問題を解決するために、地球上での人間社会の持続性を高めることの重要性が指摘されている。それには「豊かさ」を、これまでの物質偏重から、できるだけ精神的豊かさを味わう方向に転換し、人間社会を可能な限り自然の仕組みに同化させる、つまり「宇宙船地球号」を目ざすことといわれる。また、もう一つの方向は、地球外への生活環境の拡大で、これは人類の「宇宙移民」である。これまで人類は、人口が増えると地球上の人口の少ないところに移民し、問題を乗りきってきたが、現在の地球上には移民を受け入れる余裕はなくなった。人類に夢を与える意味で、「宇宙移民」も選択肢の一つとして考えられている。ただ、「ヒトはそこまで手を出してよいか」といった倫理的問題も強く指摘はされている。この二つのどちらかを選ぶという二者択一ではなく、宇宙船地球号を目ざしながら、一方で、人類が生活できる天体を地球の外に求めていくことになる。

[高橋正征]

『今木清康著『地球環境科学――滅びゆくわれらの母体』(1996・コロナ社)』『岡山ユネスコ協会編『市民のための地球環境科学入門』(1999・岡山大学教育出版)』『森口祐一編著『マテリアルフローデータブック――日本をとりまく世界の資源のフロー』(1999、2003・国立環境研究所地球環境研究センター)』『日本環境学会編集委員会編『新・環境科学への扉』(2001・有斐閣)』『岡本博司著『環境科学の基礎』(2002・東京電機大学出版局)』『御代川貴久夫著『環境科学の基礎』(2003・培風館)』『藤森隆郎著『森林と地球環境保全』(2004・丸善)』『木村竜治・藤井直之著『放送大学大学院教材 地球環境科学(新訂)』(2005・日本放送出版協会)』『新藤静夫・大原隆編集『地球環境科学概説(普及版)』(2005・朝倉書店)』『大原隆・西田孝編集『地球環境の変容(普及版)』(2005・朝倉書店)』『国立環境研究所編『いま地球がたいへん!Q&A60』改訂版(2005・丸善)』『武田博清・占部城太郎編集『地球環境と生態系――陸域生態系の科学』(2006・共立出版)』『富田豊編、須田猛編集協力『環境科学入門』(2006・学術図書出版社)』『西沢利栄著『アマゾンで地球環境を考える』(岩波ジュニア新書)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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