増山城跡(読み)ますやまじょうあと

国指定史跡ガイドの解説

ますやまじょうあと【増山城跡】


富山県砺波(となみ)市増山にある中世の城跡。県西部に広がる砺波平野の東縁、和田川右岸の標高約120mの丘陵上に立地する。この地は砺波、射水(いみず)、婦負(ねい)の3郡の境にあって、交通の要衝といえ、室町時代の守護代神保氏が歴代の居城とし、上洛をめざす越後長尾(上杉)氏がしばしば侵攻した。1576年(天正4)、上杉謙信によって増山城は落城し、謙信が没すると織田信長の勢力が進出し、信長配下の佐々成政(さっさなりまさ)の居城となった。その後、豊臣秀吉が越中に侵攻し、成政が降伏した後、前田利家の重臣・中川光重が城に入り、慶長年間(1596~1615年)ごろまで存続したと推測されている。城跡は、和田川を自然の環濠とし、南北約1.4km、東西0.9kmの広大な範囲に及ぶ。江戸時代の絵図で「二の丸」とされている郭(くるわ)は標高が最も高く、東西90m、南北50mの最大規模をもち、北東隅に櫓台(やぐらだい)があることから、ここが主郭と考えられる。この城跡は、戦国期から織豊期にかけて北陸地方の覇権争いにおいて重要な役割を果たし、富山県内屈指の規模を有する越中を代表する中世城郭である。2009年(平成21)に国の史跡に指定された。JR城端(じょうはな)線砺波駅から加越能バス「増山」下車、徒歩約10分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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