日本大百科全書(ニッポニカ) 「多木浩二」の意味・わかりやすい解説
多木浩二
たきこうじ
(1928―2011)
批評家。兵庫県生まれ。1957年(昭和32)東京大学文学部美学美術史学科卒業。在学中の1955年、「井上長三郎論」で美術出版社主宰の第2回「芸術評論募集」に佳作入選するなど、早くから執筆活動を行う。
1960年代は東京・北青山でデザイン事務所を営んでいたが、1968年、写真家、評論家中平卓馬(なかひらたくま)、高梨豊、詩人、美術評論家岡田隆彦(1939―1997)らと写真誌『プロヴォーク』を創刊(第2号より森山大道(だいどう)が参加)。同誌で写真評を発表したのを機に本格的な批評活動を開始する。
1972年の処女作『ことばのない思考』を皮切りに、以後毎年のように著訳書を刊行、総数は50冊を超える。美術論でデビューを飾り、モダニズム研究や歴史研究、あるいはバーネット・ニューマンやアンゼルム・キーファーなどの作家研究を残していることから美術評論家というイメージが強いが、同時代の状況批評とは一線を画して個人的な関心の追究に徹するスタイルは、美術評論家の定義からは明らかに逸脱するものである。『プロヴォーク』で本格的に関わった写真をはじめ、建築やデザインに関する評論の草分け的存在としても知られるなど、幅広い関心は文化史全般に及び、美の全域に関わる自らの著作活動を本人が「美容術」と称することもある。
ものやイメージと人間との関係を独自の視点で掘り下げた『眼の隠喩』(1982)、『欲望の修辞学』(1985)、『視線の政治学』(1985)、フランス革命をはじめとする歴史的事象を現代的な視点で再構成した『「もの」の詩学』(1984)や『絵で見るフランス革命』(1989)、独自の住宅論『生きられた家』(1984)、「御真影」をはじめとする肖像写真の象徴機能を緻密に分析した『天皇の肖像』(1988)などが代表作で、その後も都市論やスポーツ論、戦争論など新しいテーマに取り組んだ著作を精力的に発表する。東京造形大学助教授、同教授、千葉大学教養学部教授を歴任。神戸芸術工科大学客員教授。『シジフォスの笑い』(1997)で芸術選奨文部大臣賞を受賞した。
[暮沢剛巳]
『『ことばのない思考』(1972・田畑書店)』▽『『バーネット・ニューマン――神話なき世界の芸術家』(1994・岩波書店)』▽『『欲望の修辞学』(1996・青土社)』▽『『シジフォスの笑い』(1997・岩波書店)』▽『『眼の隠喩』(2002・青土社)』▽『『生きられた家』『天皇の肖像』『写真論集成』(岩波現代文庫)』▽『『絵で見るフランス革命』『写真の誘惑』『戦争論』(岩波新書)』▽『『「もの」の詩学――ルイ十四世からヒトラーまで』(岩波現代新書)』