多肥農業(読み)たひのうぎょう

改訂新版 世界大百科事典 「多肥農業」の意味・わかりやすい解説

多肥農業 (たひのうぎょう)

多量の肥料投入によって成立する農業。一般には小農経営で農耕畜産が有機的に関連せず,したがって肥料養分の自給機能をもたないままに単位面積当り収量を高めようとするため,経営外部から肥料とくに化学肥料を多量に補給して行う農業をいう。日本の農業はその典型とされてきた。近年農業技術の発達に伴って,日本以外の先進諸国においても農薬などの農業資材の多投を前提として,土地生産力を高めるために化学肥料が増投されるようになり,多肥農業の傾向が強くなってきた。世界全体では1948年から78年の30年間に,施肥量窒素17倍,リン酸5倍,カリ8倍になっている。1960年以降でもアメリカで3倍,ソ連で4倍に増加している。ヨーロッパは同期間に平均で3倍の増加を示し,これをha当りの投入量でみると,窒素,リン酸,カリの三要素合計で300kg前後に達しており,1960年ころの日本の施肥量をこえている。日本の施肥量はこの数年変化せず,80年には三要素合計約370kg/haで,ニュージーランドオランダベルギー西ドイツスイス,韓国に次ぐ7番目となっている。施肥量の増加に伴って作物の収量も増加したが,多肥の趨勢がこの状態で続くと,とくに降雨量の少ない地域では肥料成分が集積することによる塩類濃度障害が発生し,耕地の砂漠化をもたらす危険がある。日本においても施設園芸あるいは果樹栽培でこの障害が発生し,強アルカリ性あるいは強酸性土壌が出現してきている。一方,肥料製造過程における公害の発生や肥料自身による環境の汚染も問題となる。これら多肥農業に伴って発生する諸障害を回避するためには,農業生態系における合理的な養分の循環をはかるとともに,肥料を無駄に使わず,その利用効率を高めることが重要である。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「多肥農業」の意味・わかりやすい解説

多肥農業
たひのうぎょう

一般的には肥料を多量に施して単位面積あたりの収穫量を増大させる農法をいう。狭義にはもっぱら裸の労働と金肥,特に速効性の化学肥料の増投によって生産力の向上をはかる多肥,多労の零細農業経営の農法をさす。第2次世界大戦前の日本農業はその典型といわれた。肥料は機械や土地改良と違い,投資の細分化が容易で,回収も早いため,どんな零細経営にも自由に取入れられる。そのため,1900年代初期の化学工業,特に硫安工業の確立に伴って日本農業の多肥性は決定的な特徴となった。しかし,戦後は粗放経営の先進農業国でも化学肥料が大量に投入されるようになった。いわゆる緑の革命も肥料の多投によって収量をあげることが要諦になっている。

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