改訂新版 世界大百科事典 「夢幻状態」の意味・わかりやすい解説
夢幻状態 (むげんじょうたい)
日本では次のように三つの異質の状態が夢幻状態という言葉で表されている。(1)鉤回(こうかい)発作uncinate fitと呼ばれるてんかん発作dreamy state,(2)夢幻様体験型oneiroide Erlebnisform(ドイツ語)とか夢幻精神病oneirophreniaなどの非定型な精神病における精神病状態oneiroider Zustand(ドイツ語),(3)症状精神病,器質精神病,LSDやメスカリンなどの幻覚剤,高熱,ヒステリーなどでみられる夢幻症onirisme(フランス語),である。
鉤回発作
大脳辺縁系の鉤回という古皮質から起きる発作で,その夢幻状態を,1890年にイギリスのH.ジャクソンがdreamy stateと名づけた。発作はまず,いやなにおいを感ずる幻嗅(げんきゆう)発作から始まり,既視体験や未視体験などの記憶障害発作を合併し,認知発作である夢様体験に発展する。記憶障害発作とは,まだ一度も見たことのないものをすでに何度も見たように感じたり(既視体験),見慣れたものを初めて見るように感ずる(未視体験)もので,側頭葉症状である。夢様状態とは,夢の世界にいるように世界が変容し,周囲は錯覚的に認知され,幻視や幻聴も活発に起きるものである。意識混濁は割合に軽く,健忘を残すことは少ないが,発作中は周囲との十分な疎通を失い,夢幻様の体験に左右される。しかし,1981年のてんかん国際分類の第2次改訂案では,意識障害がない項目に分類され,単純部分発作とされている。まず,鉤回とともに隣接する海馬回が関与して幻嗅発作が起き,側頭葉に広がって既視体験や未視体験を生じ,さらに他の脳領域をも巻き込んで夢幻状態をきたすものと考えられる。
夢幻様体験型
ドイツのW.マイヤー・グロスが1924年に記載した病型で,分裂病(統合失調症)と躁うつ病の境界線上にある非定型な精神病をいい,多くは急性に発病し,豊富な幻想的な体験を内容とする意識変容を示す。地震,洪水,戦争などに巻き込まれるというありありとした幻覚妄想状態を示し,患者はそのなかで必死に生き抜こうとし,あるいは逃れようとする。この間,患者の外面は錯乱-せん妄状態であったり,昏迷状態にあったりする。K.クライストやK.レオンハルトが記載した非定型精神病とも重複するところが多いと思われる。意識変容の一型であるが,情景的な幻視を主体とする幻覚場面がドラマ性と強い感情を伴って未完結のままに展開していくことから,マイヤー・グロスは夢の体験に酷似するとした。
夢幻精神病
アメリカで記載された非定型精神病で,多くは急性に反復して発症し,あとにあまり人格変化を残さない。ドイツで記載された夢幻様体験型とも重複する疾患と思われるが,L.J.メドゥナによってペンテトラゾールによる痙攣(けいれん)療法が有効で,エクトン=ローズ糖負荷試験によって血糖調節障害のあることが証明された。満田久敏はこれを分裂病とてんかんの境界線上にある疾患として位置づけた(1967)。
夢幻症
脳器質疾患,幻覚剤,ヒステリー,高熱などによる夢幻様状態はonirisme(フランス語)で,夢幻症とも表現される。oneiroider Erlebnisと比べて内容はとりとめなく,一貫せずに移り変わる。脳器質的疾患による夢幻状態としては,レルミットJ.Lhermitteが1922年に記載した中脳被蓋の損傷による脳脚幻覚症が有名である。昼夜の逆転があり,多くの患者は病識をもちながら,芝居を見るように幻覚の世界を見る。場面的な幻覚でいろいろな人物が登場する。障害部位からレム睡眠発現機構との関連が考えられる。
dreamy stateもoneiroider Erlebnisもonirismeも日本語訳では夢幻状態であるが,3者は厳密に区別して用いられる必要がある。
執筆者:石黒 健夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報