幻覚剤(読み)げんかくざい(英語表記)hallucinogenes

最新 心理学事典の解説

げんかくざい
幻覚剤
hallucinatory drug

幻覚剤とは,知覚体験や意識状態の変容を起こす化学物質の総称である。薬理学では幻覚発現物質hallucinogenともいう。化学的にはセロトニンに構造の似たインドールアルキルアミンと,ノルアドレナリンおよびドーパミンに似た置換フェネチルアミンに大別される。前者に属する代表的な幻覚剤として,麦角真菌から抽出されたLSD-25,キノコに含まれるサイロシビンがある。後者に属するものとしては,ある種のサボテンに含まれるメスカリン,合成麻薬であるDOMやMDMAなどがある。幻覚剤の範囲を厳密に決めることは困難で,幻覚を起こす薬物は広く幻覚剤とされる傾向がある。本来は麻酔薬であったPCP(フェンサイクリジン)も幻覚剤に分類することがある。PCPはNMDA型グルタミン酸受容体の拮抗薬で,容易に合成できるため,一時は広く流通した。1970年代にアメリカで行なわれた乱用薬物の化学分析によれば,メスカリンやLSD,THC(大麻の成分)として路上で売られていたものの多くが実際にはPCPであったという。大麻は幻覚剤ではないが,大麻によって精神病症状が誘発され,その症状に幻覚が含まれる場合がある。

 幻覚剤の急性効果をLSD-25の例で述べると,めまい,脱力感,振戦などの身体症状,色や形の変化,焦点調節の困難,聴覚過敏,共感覚体験などの知覚症状,気分の変化,時間感覚の変化,夢幻様感覚,失見当識などの精神症状に大別される。このような経験の後に,一種の宗教的な悟りのような境地に達することがあるともいわれる。ただし,急性効果には大きな個人差があり,不安恐慌発作のようなバッド・トリップbad tripも頻繁に報告されている。ときにはバッド・トリップによって自傷行為を起こすこともある。LSD-25の効果には急速に耐性が形成され,初回のような強い効果を体験することは困難になる。また,LSD-25に対する耐性が形成された人は,メスカリン,サイロシビンといった他の幻覚剤に対して耐性(交叉耐性)を示し,大量摂取しなければ効果が体験できなくなる。LSD-25の慢性中毒症状として精神病状態,抑うつ状態,心的葛藤の行動化acting out,幻覚状態のフラッシュバック(再燃)などが報告されている。当初は幻覚剤による体験を「良いもの」と感じていた人も,フラッシュバック反応は自己コントロールできないため,強い不安を感じる。また,インドールアルキルアミンはセロトニンに構造が似ていることから,セロトニン系に作用する抗うつ薬を服用するとフラッシュバックのきっかけになることがある。

 一方,PCPの急性中毒症状としては自閉傾向,記憶障害,離人感,孤独感,疎外感などに加えて身体図式の変容(手や足が小さくなり,自分の体が紙のように縮んだような感覚),時間と空間の歪みなどがあり,失見当識,焦燥,譫妄状態も見られる。このためPCPは医薬品としては用いられなくなった。PCPには強化効果があり,使用すると容易に依存状態に陥る。PCP依存の結果として生じる精神病状態は凝視,常同姿勢,妄想様観念など,統合失調症に似たところがある。動物実験ではPCPは精神病状態のモデルを誘発する薬物として用いられている。

 伝統的な幻覚剤は,古くから宗教儀式などに用いられてきた。また,過去には「精神を展開する」と考えられ,心理療法に補助的に用いられたこともあったが,有害効果のもたらす問題の方が深刻であった。近年になって合成されている幻覚剤は,もっぱら異様な経験を求めて乱用されるものである。幻覚剤には医療上の有用性がない。そのため現在では,幻覚剤は「麻薬及び向精神薬取締法」などによって厳重に規制されている。 →依存症 →覚醒剤 →神経伝達
〔廣中 直行〕

出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報

世界大百科事典内の幻覚剤の言及

【幻覚薬】より

…幻覚剤ともいう。選択的に幻覚をひき起こす薬。…

※「幻覚剤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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