単に《起信論》ともいう。インドの馬鳴(めみよう)の作,真諦の訳とされるが,中国撰述説を含めて諸説がある。本論は大乗仏教の中心教義を理論と実践の両面から要約したもので,序分,正宗分,流通分で構成される。正宗分は,本論の縁起を述べた因縁分,大綱を提示した立義分,詳解した解釈分の主として理論面と,前三分を信仰して修行する方法を述べた修行信心分,大いなる利益を得られることを説いた勧修利益分の実践面とからなる。わずか1巻の短篇ながら,大乗教義を簡潔に要約したものであるため,後世への影響はきわめて大きく,華厳,天台,浄土,禅,真言など大乗仏教の主要宗派で重視された。したがって,おびただしい数の本論注釈があり,170余家による注釈書の総巻数は1000巻以上にのぼる。とくに慧遠(えおん),元暁,法蔵のものは《起信論》三疏と称せられるが,慧遠のものは偽作の可能性があり,唐の法蔵の《大乗起信論義記》5巻が《起信論》解釈の主流となった。
執筆者:愛宕 元
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
仏教論書。一巻。略して『起信論』ともいう。インドの仏教詩人アシュバゴーシャ(馬鳴(めみょう)。2世紀)の作と伝えるが、おそらく5~6世紀の成立と考えられる。パラマールタ(真諦(しんだい)。中国梁(りょう)代)とシクシャーナンダ(実叉難陀(じっしゃなんだ)。唐代)による2種の漢訳が伝わっており(いずれも『大正新修大蔵経』第32巻所収)、一般には真諦訳が多く用いられる。本書の作者、訳者、成立事情などについては古来、異説が後を絶たず、とくに大正から昭和の初期にかけて、インド成立か中国成立かをめぐる学会の大論争があった。大乗とはなにかということを、理論と実践の両面から、唯心論の立場で簡潔に論述した大乗仏教の名著である。第1章「因縁分(いんねんぶん)」(論を著す理由)、第2章「立義(りゅうぎ)分」(問題の所在)、第3章「解釈(げしゃく)分」(詳細な理論的説明)、第4章「修行信心分」(実践と信心)、第5章「勧修利益(かんしゅうりやく)分」(本論の実習を勧めて利益を説く)の5章からなる。本書の思想がインド仏教において採用された形跡は見当たらないが、中国、日本の仏教思想に及ぼした影響は大きく、現在に伝えられた注釈文献の数は約300種に達する。
[柏木弘雄]
『柏木弘雄著『大乗起信論の研究』(1981・春秋社)』▽『宇井伯寿訳『大乗起信論』(岩波文庫)』
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