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大塚保治 おおつかやすじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大塚保治
おおつかやすじ

[生]明治1(1868).12.20. 群馬
[没]1931.3.2.
美学者。 1891年帝国大学文科大学を卒業。 96~1900年,美学研究のためヨーロッパへ留学。帰国後同大学教授となり,美学,美術史講座を担当。日本における美学研究の基礎を築いた。著作には死後にまとめられた『大塚博士講義集』 (2巻) などがある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大塚保治 おおつか-やすじ

1869*-1931 明治-昭和時代前期の美学者。
明治元年12月20日生まれ。妻は大塚楠緒子(くすおこ)。明治29年ヨーロッパに留学,帰国後,東京帝大美学講座の初代日本人教授となる。文展創設を進言し,美術審査員としても活躍。学士院会員。遺稿に「大塚博士講義集」がある。昭和6年3月2日死去。64歳。上野(こうずけ)(群馬県)出身。帝国大学卒。旧姓は小屋。

出典|講談社
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世界大百科事典内の大塚保治の言及

【大塚楠緒子】より

…本名久寿雄。東京控訴院長大塚正男の長女で,夫は東大教授で美学者の大塚保治。東京女高師付属女学校,明治女学校を卒業。…

【官展】より

…これは,日本美術,洋風美術それぞれの新旧諸流派が対立し反目し合う美術界に共通の場を与え,抗争を収拾して美術の振興を図ることを目的として設けられたもので,その年の6月,勅令をもって官制が発布され,10月から11月にかけて上野公園で第1回展が開催された。東京帝国大学教授大塚保治の建議,正木直彦や黒田清輝らの運動が開設をうながしたという。時の首相は西園寺公望,文相は牧野伸顕であった。…

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