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明治期の歌人,小説家
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
小説家、歌人、詩人。東京に生まれる。本名久寿雄(くすお)。別称楠緒(くすお)、楠緒子(なおこ)。佐々木弘綱(ひろつな)、佐佐木信綱(のぶつな)に学び、終生歌作を続けた。東京女子高等師範学校(お茶の水女子大学)附属女学校卒業後作家活動に入り、『文芸倶楽部(くらぶ)』閨秀(けいしゅう)小説号に発表の『暮ゆく秋』(1895)、『しのび音』(1897)で女流作家の地位を定めた。作風は擬古的なものから浪漫(ろうまん)的なものに展開、『晴小袖』(1906)、『露』(1908)などの作品集のほか、厭戦(えんせん)詩『お百度詣(もうで)』(1905)もある。明治43年11月9日の死に際し、文学上の師夏目漱石(そうせき)の句「有る程の菊抛(な)げ入れよ棺の中」がある。夫は美学者大塚保治(やすじ)。
[小野寺凡]
『『明治文学全集81 明治女流文学集(1)』(1966・筑摩書房)』
明治時代の詩人。本名久寿雄。東京控訴院長大塚正男の長女で,夫は東大教授で美学者の大塚保治。東京女高師付属女学校,明治女学校を卒業。佐佐木信綱,夏目漱石らに師事して和歌,小説などをかく。1905年雑誌《太陽》に発表した〈お百度詣で〉は日露戦争下に夫の無事を祈る妻の心情をえがき,与謝野晶子の〈君死にたまふことなかれ〉と並ぶ反戦詩としてのこされた。彼女の死を漱石は〈有るほどの菊投げいれよ棺の中〉とうたい哀惜している。
執筆者:井手 文子
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1875.8.9~1910.11.9
明治期の小説家・詩人・歌人。本名久寿雄。東京都出身。東京控訴院院長の長女として生まれ,竹柏園(なぎぞの)門下の歌人として少女時代から頭角を現す。東京女子師範付属女学校を首席で卒業の頃から美貌の才媛として評判になった。擬古典風の小説を著し,一葉につぐ女性作家ともいわれた。夫保治(やすじ)の友人夏目漱石から文学的・人生的影響をうけた。厭戦詩「お百度詣(もうで)」(1905)も知られる。
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