コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大島蓼太 おおしま りょうた

7件 の用語解説(大島蓼太の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

大島蓼太

江戸中・後期の俳人。信濃生。本姓は吉川、通称は平助、名は陽喬、号に雪中庵・里席・宜来等。二世雪中庵桜井吏登に入門し、のち三世となる。三千余人の門人を有し、天明期の俳諧中興に尽くした功績は大きい。天明7年(1787)歿、69才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

おおしま‐りょうた〔おほしまレウタ〕【大島蓼太】

[1718~1787]江戸中期の俳人。本名は吉川陽喬。信濃の人。別号、雪中庵。桜井吏登(さくらいりとう)に師事。江戸俳壇の実力者で、芭蕉への復帰を唱え、東西に吟行し、門人の数三千といわれた。編著「雪おろし」「蓼太句集」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大島蓼太 おおしま-りょうた

1718-1787 江戸時代中期の俳人。
享保(きょうほう)3年生まれ。雪中庵2代桜井吏登(りとう)に入門,延享4年雪中庵3代をつぐ。松尾芭蕉ゆかりの地を吟行した。俳書をおおく編集し,門人は3000人をこえた。天明7年9月7日死去。70歳。信濃(しなの)(長野県)出身。本姓は吉川。名は陽喬。通称は平助。別号に宜来,老鳥,豊来など。編著に「芭蕉句解」「雪おろし」など。
【格言など】世の中は三日見ぬ間に桜かな(「蓼太句集」)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

大島蓼太

没年:天明7.9.7(1787.10.17)
生年:享保3(1718)
江戸中期の俳人。信濃国(長野県)伊那郡大島の人。名は陽喬。通称,平助,また平八。別号,雪中庵,老鶯巣,空摩など。御用縫物師。23歳のとき桜井吏登(服部嵐雪門,雪中庵2世)に入門。その後剃髪し,奥羽,上方などを行脚,延享4(1747)年,30歳にして雪中庵を継承,3世となる。寛延4(1751)年,葛飾派の溝口素丸らと『続五色墨』の盟約を結び,江戸座(其角系)宗匠連の『江戸廿歌仙』(1745)を批判した『雪おろし』(写本で伝えられる)の講述をなす。宝暦年間(1751~64)から選集活動は活発化,着々と俳壇に地歩を占めた。生涯に行脚すること三十余度,編集にかかわった俳書二百余,免許した判者四十余,門人三百余と伝える一大勢力を誇示するに至った。清濁あわせ呑む円満な性格で,貴顕の愛顧を得るなど経営の才にも優れていた。江戸座や他の中興諸家とは対照的に平明な炭俵調を尊重,特に連句に手腕をみせた。発句集に『蓼太句集』(1~3編)があり,「五月雨やある夜ひそかに松の月」など巧緻な作意,趣向による句が多い。芭蕉の顕彰・注釈事業にも功があった。明治28(1895)年,正岡子規が「俳諧一口話」(『獺祭書屋俳話』)で「俗気紛々たる句多し」と評して以来,そうした蓼太評が一般化したが,中興俳壇に果たした役割は与謝蕪村以上に大きい。<参考文献>中村俊定「大島蓼太」(明治書院『俳句講座』3巻)

(加藤定彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

おおしまりょうた【大島蓼太】

1718~1787) 江戸中期の俳人。本名、吉川陽喬。信濃の生まれ。雪中庵二世吏登に師事し、のち三世を継ぐ。江戸座に対抗し、一大勢力を築く。著「雪おろし」「芭蕉句解」「蓼太句集」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大島蓼太
おおしまりょうた

[生]享保3(1718).信濃,伊那大島
[没]天明7(1787).9.7. 江戸
江戸時代中期の俳人。本名,吉川陽喬。通称,平助。別名,蓼太郎,雪中庵,宜来など。若い頃江戸に出て藤屋平助と称し幕府御用の縫物師となった。俳諧は桜井吏登 (りとう) 門。『続五色墨』 (1751) で基礎を固め,論書『雪おろし』 (51) において江戸座宗匠を批判し,江戸俳壇に確固たる地位を占めた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大島蓼太
おおしまりょうた

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大島蓼太の関連キーワード長野県上伊那郡飯島町飯島長野県上伊那郡辰野町伊那富長野県下伊那郡大鹿村大河原長野県上伊那郡辰野町小野長野県下伊那郡大鹿村鹿塩長野県下伊那郡阿智村駒長野県下伊那郡阿智村智里長野県下伊那郡阿南町新野長野県上伊那郡飯島町本郷長野県下伊那郡高森町吉田

今日のキーワード

太陽系外惑星

太陽以外の恒星を回る惑星。その存在を確認する方法として、(1)惑星の重力が引き起こす恒星のわずかなふらつき運動を、ドップラー効果を用いて精密なスペクトル観測により検出する、(2)惑星が恒星の前面を通過...

続きを読む

コトバンク for iPhone

大島蓼太の関連情報