コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大橋乙羽 オオハシオトワ

6件 の用語解説(大橋乙羽の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

おおはし‐おとわ〔おほはしおとは〕【大橋乙羽】

[1869~1901]小説家・出版人。山形の生まれ。旧姓、渡部。本名、又太郎。硯友社同人。博文館館主大橋佐平の長女と結婚して、博文館支配人として活躍した。小説「露小袖」、紀行文集「千山万水」など。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

大橋乙羽【おおはしおとわ】

小説家,編集者。本名又太郎。旧姓渡部。羽前国生れ。硯友社同人となり,《こぼれ松葉》《露小袖》を書いたが,のち博文館主大橋佐平の養子となり出版事業を行う。ほかに紀行文《千山万水》などもある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大橋乙羽 おおはし-おとわ

1869-1901 明治時代の小説家,出版人。
明治2年6月4日生まれ。22年硯友(けんゆう)社同人となり「露小袖」などを発表。27年博文館主大橋佐平の娘婿となり,支配人として出版事業を発展させた。明治34年6月1日死去。33歳。羽前(うぜん)(山形県)出身。旧姓は渡部。本名は又太郎。著作はほかに「上杉鷹山公」「千山万水」など。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

大橋乙羽

没年:明治34.6.1(1901)
生年:明治2.6.4(1869.7.12)
明治時代の小説家,紀行作家。旧姓渡部。本名又太郎。別号を乙羽庵,二橋生,蚯蚓庵。山形県米沢生まれ。旅館音羽屋の主人渡部治兵衛,かつの6男。明治21(1888)年『出羽新聞』に出した磐梯山大爆発の記事を東陽堂の社主に認められ,上京して東陽堂に入社。『風俗画報』『絵画叢誌』の編集に当たる。同22年石橋思案の紹介で硯友社の同人となり,同年「こぼれ松葉」,翌年「露小袖」などの作品を発表。明治24年『中央新聞』の記者を兼ね,27年博文館主人大橋佐平の娘婿となり,博文館に入社。33年欧米を漫遊するも,翌年33歳の若さで病死。<参考文献>『硯友社文学集』(明治文学全集22巻)

(佐伯順子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
朝日日本歴史人物事典について | 情報

大辞林 第三版の解説

おおはしおとわ【大橋乙羽】

1869~1901) 小説家・紀行文家・出版業者。米沢市生まれ。旧姓、渡部。本名、又太郎。硯友社同人。出版社博文館を主宰。著「露小袖」、紀行文「千山万水」など。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大橋乙羽
おおはしおとわ
(1869―1901)

小説家、出版業者。旧姓渡部(わたなべ)。本名又太郎。山形県生まれ。文学を志して上京、硯友社(けんゆうしゃ)の同人となり、『露小袖(つゆこそで)』(1890)、『霜夜の虫』(1891)などを発表し文名をあげた。著作集『若菜籠(かご)』(1898)、『花鳥(かちょう)集』(1899)、政治小説『累卵之(るいらんの)東洋』(1898)などの著書がある。1894年(明治27)博文館主大橋佐平の娘と結婚、博文館の営業に力を尽くしたが、1900年(明治33)世界漫遊に出かけ、帰国後翌明治34年病没した。紀行文家としても知られ、紀行文集に『千山万水』(1899)などがある。[畑 実]
『『明治文学全集22 硯友社文学集』(1969・筑摩書房) ▽『明治文学全集94 明治紀行文学集』(1974・筑摩書房)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

大橋乙羽の関連キーワード藩学一覧女性参政権新派劇正岡子規実業之日本伊庭八郎大村益次郎神代直人デ・ロング松平容大

今日のキーワード

エンゲルの法則

家計の総消費支出に占める飲食費の割合 (エンゲル係数 Engel coefficientと呼ぶ) は,所得水準が高く,したがって総消費支出が大きいほど低下するというもの。エンゲル係数は国民の消費生活面...

続きを読む

コトバンク for iPhone