大気安定度(読み)たいきあんていど

日本大百科全書(ニッポニカ) 「大気安定度」の意味・わかりやすい解説

大気安定度
たいきあんていど

平衡状態にある大気に微小擾乱(じょうらん)が与えられたとき、その擾乱に対する大気の反応の程度をいう。もし、微小擾乱が減衰して、もとの平衡状態が回復される場合、その大気の状態は安定であるといい、微小擾乱が発達して、もとの平衡状態が回復されない場合、その大気の状態は不安定であるという。安定の程度を安定度、不安定の程度を不安定度ともいうが、広義には、安定度のなかに不安定度を含める。成層している静止大気の安定度を静力学的安定度といい、平衡運動をしている大気の安定度を動力学的安定度という。一般に安定度といえば静力学的安定度をさす。

[股野宏志]

静力学的安定度

静力学的安定度の場合は、微小擾乱として空気粒子を断熱的に微小変位させ、断熱変化した空気粒子の温度と変位した場所の空気の温度の差によって空気粒子の受ける浮力から、空気粒子がさらに変位を続ける(不安定)か、もとの場所に戻る(安定)か、変位した場所にそのままとどまる(中立)かを判定する。したがって、静力学的安定度は断熱図を用い、気温の鉛直分布から容易に判定することができる。気温減率が湿潤断熱率より小さい場合は絶対安定、乾燥断熱減率より大きい場合は絶対不安定、両者の中間にある場合は条件付不安定という。等温層や逆転層は絶対安定である。条件付不安定において、下層の空気粒子を断熱的に強制上昇させたとき、その空気粒子がある高さから、周囲の空気より軽くなって自由上昇するような気温分布をしている場合、これを潜在不安定という。相当温位(または湿球温位)が高さとともに減少している場合、これを対流不安定という。これは、下層の気層全体を飽和するまで断熱的に強制上昇させたとき、その気層が不安定になるものである。潜在不安定も対流不安定も大気下層が非常に湿っているときに現れ、集中豪雨をもたらす気層はこれらの不安定を内蔵している。

[股野宏志]

動力学的安定度

一方、動力学的安定度の場合は、微小擾乱として微小波動を与え、振幅が増大する(不安定)か、減少する(安定)か、そのままである(中立)かを判定する。一般に、大気の流れの中に風速差(シア)があれば、そこにはつねに不安定が存在する。これをシア不安定という。順圧大気では、鉛直方向にシアがないが、風の水平分布によっては不安定が存在する。もし、絶対渦度が極小値をもつような風の水平分布があるとき、擾乱はその運動エネルギーが基本の流れの運動エネルギーから変換されて発達する。これを順圧不安定という。傾圧大気では、温度風による風の鉛直シアが大きいとき、これによる不安定が現れる。これを傾圧不安定という。この場合、温度傾度に伴う位置のエネルギーが擾乱の運動エネルギーに変換され、擾乱が発達する。温帯低気圧はこの機構によって発達するものと考えられている。密度の異なる二つの気層が成層し、互いに異なる速度で水平に動いているとき、二層間の境界面に生ずる不安定をケルビンヘルムホルツ(KH)不安定という。この不安定は晴天乱気流に関係するものとして航空気象では注目されている。

[股野宏志]

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改訂新版 世界大百科事典 「大気安定度」の意味・わかりやすい解説

大気安定度 (たいきあんていど)
atmospheric stability

ある空気塊が周囲の空気より重いときは下降し,軽いときは上昇する。空気塊を上昇させると断熱減率で冷却し周囲の空気より低温で重くなる。そこで上昇を起こした力はもはや働かなくなり,その空気塊は下降して戻って来る。このようにもとへ戻る傾向をもつ空気は〈安定stable〉であるといい,その度合を大気安定度という。暖かい空気が冷たい空気の上にある気温逆転の状態は非常に安定である。断熱減率の値よりも小さい気温減率をもつ大気中で,鉛直運動をする空気は断熱減率で気温を変え,上昇すると冷えて重くなって下がり,下降すると暖かく軽くなってもとの位置へ戻る。一般的にいうと飽和していない空気は乾燥断熱減率値(約10℃/km)よりもその減率が小さいとき安定であり,飽和した空気のときはその減率が飽和断熱減率値(約5℃/km)より小さいときに安定である。このようなときは熱対流は起こらない。断熱減率値よりも減率が大きいときは,上昇空気はその周囲の空気より暖かいままで上昇を続ける。同じように下降する空気は周囲よりも密度が大きく地面まで下り続ける。このようなときが〈不安定〉である。一般に乾燥断熱減率値よりも大きい減率のとき不安定で対流が起こる。減率が乾燥断熱減率値に等しい空気は〈安定度が中立〉であるという。以上は上昇空気が凝結しない場合であるが,凝結が起こると上昇空気は飽和断熱減率で冷却することになる。乾燥断熱より小さく飽和断熱より大きい減率のときの空気は,不飽和のとき安定であり,凝結が起こると不安定になる。このようなときを〈条件付不安定〉と呼ぶ。条件付不安定は大気中では地雨が降るときなどよく発生する。安定な空気層が上昇して不安定になることがある。下部が飽和に達していて相対湿度が地表から上向きに急減している空気層が上昇すると,上部の方は乾燥断熱で冷却するから,下部よりも大きく冷却する。そこでこの空気層の減率は増大し飽和断熱減率よりも大きくなる。もともとは安定であったこのような特性をもつ層は〈対流不安定〉の状態にあるという。種々の段階の不安定が雲や降水に関連しているから,大気安定度は気象で実際的な重要性をもっている。地上から数百mの大気境界層の空気は乱れている。そこには小さく不規則な気流やうずがあり,これは風と地表との作用で生じた機械的な空気の乱れである。大気が不安定のとき,このような乱れは上向きの対流を生ずる。大気が安定のときは乱れによる鉛直運動は減少する。乱れは安定大気よりも不安定大気で著しい。昼は不安定で風の息が生じたり鉛直運動が起こり,夜は地表大気が冷却して安定となり鉛直運動が減少するのである。気象学では以上のような安定度を静安定度と呼び,これに対し低気圧のようなじょう乱の発達に関連して力学的安定度の語を使う。じょう乱の運動エネルギーが増大していくときは不安定である。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大気安定度」の意味・わかりやすい解説

大気安定度
たいきあんていど
stability of atmosphere

力学的に平衡にある大気が,その状態を少し乱されたとき,もとに復帰しようとする傾向の度合い。静力学的安定度と動力学的安定度とがある。小さな空気塊をかりに上のほうに少し動かしたと考える場合,その小気塊が,そのままその動かした方向に運動を続けてしまうような大気状態を不安定大気,小気塊がもとの位置に戻ろうとする大気の状態を安定大気と呼び,その度合いを静力学的安定という。また,小気塊がその場所で動かない状態を中立という。それぞれ,上下に移動させられた小気塊の密度とその周囲の大気の密度の大小で決る。動力学的安定度は大気が運動している場合に,その運動状態が安定か不安定かを決める基準を与えるもので,上述の静止大気の静力学的安定度のように,簡単かつ普遍的な基準を与えることは困難である。大気安定度の強い逆転層が出現した場合には,汚染物質が滞留して高濃度汚染が発生することが多い。

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百科事典マイペディア 「大気安定度」の意味・わかりやすい解説

大気安定度【たいきあんていど】

平衡状態にある大気の安定の度合。静力学的(鉛直)安定度と動力学的安定度とがある。前者は静止状態にある大気の成層状態の安定度で,空気の小気塊を上のほうに少し動かしたとき,それがそのまま上昇する状態ならば不安定,もとの位置へ戻るようであれば安定と考える。この安定度は積雲型の雲の発生と関係が深い。後者は気圧傾度と転向力が平衡している地衡風の場合の安定度などがその例。
→関連項目気温減率

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