日本歴史地名大系 「大神村」の解説
大神村
おおがむら
天正一七年(一五八九)七月「大神之里 常楽寺玄栄」ら一行三名が伊勢へ詣でている(「参宮帳写」後藤作四郎文書)。慶長五年(一六〇〇)二月の速見郡・由布院知行方目録写(北九州市立歴史博物館蔵)に大神庄と肩書された「中村」(高七四四石余)、「
大神村
おおかみむら
- 神奈川県:平塚市
- 大神村
東境を相模川、西境を
近世は初め幕府直轄領と旗本伊沢・永見・木部領の四給。慶長七年(一六〇二)旗本伊沢・永見・木部・筧・榊原・服部・速水領の七給。
大神村
おおがみむら
- 東京都:昭島市
- 大神村
田中村の東、多摩川北岸にある。南は同川を隔てて
大神村
うがむむら
大神村
おおがみむら
大神村
おおがみむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報