天野之弥(読み)あまのゆきや

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「天野之弥」の意味・わかりやすい解説

天野之弥
あまのゆきや

[生]1947.5.9. 神奈川
[没]2019.7.18.
外交官。1972年東京大学法学部を卒業し,外務省に入省。1988年日本国際問題研究所の研究調整課長および主任研究員に任命され,1990年経済協力開発機構 OECD東京広報センター所長,1993年外務省科学原子力課長を務めた。核兵器をめぐる国際問題の専門知識を深め,1995年の核兵器不拡散条約 NPTの無期限延長決定や 1996年の包括的核実験禁止条約 CTBTなどのさまざまな軍縮交渉にかかわる。2002年外務省の総合外交政策局軍備管理・科学審議官,2004年同省軍縮不拡散・科学部長を歴任し,ブリュッセルビエンチャンワシントンD.C.などの在外日本公館(→在外公館)で要職を務めた。2005年,国際原子力機関 IAEAとモハメド・エルバラダイ事務局長がノーベル平和賞(→ノーベル賞)を受賞した際には,組織を代表してエルバラダイと並んで栄誉を受けた。2005~09年ウィーン国際機関日本政府代表部大使。2009年7月,IAEA事務局長選挙でエルバラダイの後任として事務局長に選出された。IAEAトップとしてイランの核問題などに取り組み,また,2011年の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故では,原子力安全に関する行動計画作成に尽力した。

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百科事典マイペディア 「天野之弥」の意味・わかりやすい解説

天野之弥【あまのゆきや】

外交官。神奈川県湯河原町出身。東京大学法学部卒業。1972年外務省に入る。2005年,在ウィーン国際機関日本代表部大使,国際原子力機関(IAEA)理事会議長に就任。09年IAEA事務局長に選出される。2011年3月11日に発生した東日本大震災・福島第一原発事故の危機的状況で,脱原発・反原発の動きが世界的に広がるなか,原子力の平和利用の促進と軍事転用の監視防止の〈核の番人〉とされ,国際的な責任を負うIAEAの日本出身の事務局長としてその動向が注目されている。2013年IAEA事務局長に再任

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