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女性宮家 じょせいみやけ

知恵蔵の解説

女性宮家

皇族の女性が成人もしくは結婚後、独立して営む宮家を指す。現在の制度では、宮家の創設は男性皇族に限られ、女性宮家は存在しない。しかし、この先、皇族の数の減少が予想されるため、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つ女性宮家の創設が、検討課題として浮かび上がっている。
皇室は2011年12月現在、天皇陛下と22人の皇族で構成され、皇太子さまの弟の秋篠宮(あきしののみや)家、天皇陛下の弟の常陸宮(ひたちのみや)家、昭和天皇の末弟の三笠宮(みかさのみや)家、その長男の寛仁(ともひと)親王家、次男の桂宮(かつらのみや)家、三男の高円宮(たかまどのみや)家の6宮家がある。皇室制度について定めた1947年の現行の皇室典範では、皇位は皇統に属する男系の男子が継承することとされ、「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」(第12条)ことになっている。22人のうち男性皇族は7人だが、既に4人が60歳を超えており、天皇陛下の孫世代の男子は秋篠宮家の長男悠仁さま(5歳)のみ。一方、女性皇族15人のうち未婚女性は8人で、このうち6人が成人を迎えている。今後、女性皇族の結婚などにより皇族の数が少なくなり、皇室全体の活動や安定的な皇位継承に影響する可能性が指摘されている。
こうした背景から、宮内庁の羽毛田信吾長官が11年10月、野田佳彦首相に女性宮家の創設を緊急性の高い課題として伝え、政府は制度の見直しを検討することを明らかした。皇室のあり方を巡っては05年、当時の小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が、女性・女系天皇と女性宮家を容認する提言を行っている。しかし、翌06年の悠仁さま誕生で、典範改正案は国会提出が見送られた。

(原田英美  ライター / 2011年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

女性宮家

皇室典範は、女性皇族が一般男性と結婚した場合は皇室を離れると定める。近年、皇族の減少対策として、女性皇族が結婚後も宮家の当主として皇室に残れるようにする「女性宮家」の創設が議論されてきた。野田内閣は2012年10月、両論併記の論点整理をまとめたが、その後の安倍内閣で検討は棚上げされている。

(2017-07-29 朝日新聞 朝刊 4総合)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

女性宮家
じょせいみやけ

女性皇族が当主となる宮家。現行の皇室典範は、「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」(第12条)と規定しているが、皇室典範を改正し、女性宮家を創設すれば、女性皇族は結婚後も皇族にとどまることができる。2013年(平成25)5月の時点で、皇族21人(天皇は除く)のうち未婚の女性皇族は8人で、このうち6人が成人に達しており、婚姻で次々と皇籍を離れると、将来の皇室活動に支障をきたすおそれがある。こうした皇族数の減少に歯止めをかけるため、2011年11月、宮内庁長官である羽毛田信吾(はけたしんご)(1942― )が女性宮家創設を検討課題とする考えを表明した。2012年10月には、民主党政権が女性宮家を創設すべきであるとする「論点整理」をまとめ、有識者やパブリックコメント(意見公募)で国民の意見を広く聞いたうえで、2013年通常国会に皇室典範改正案の提出を目ざした。論点整理では、女性皇族が結婚後に(1)女性宮家を創設し夫・子供にも皇族の身分を与える、(2)女性宮家を創設し夫・子供には皇族の身分を与えない、(3)女性宮家を創設せず、皇籍を離れた後、国家公務員として公的立場で皇室活動を支える、の案を示した。なお、どの案も、天皇の子や孫にあたる内親王に限った措置で、曽孫(そうそん)以降の女王は対象外とした。これに対し、国民から寄せられた声の多くは、女性宮家に反対する意見が占めた。同年12月に政権交代があり、女性宮家創設に反対の立場の自由民主党の安倍晋三が内閣総理大臣についたため、皇室典範改正案の提出は見送られた。
 現行の皇室典範は皇位継承を男系男子に限っている。なお女性天皇は歴史上8人(重祚(ちょうそ)のため10代)いたが、いずれも男性天皇の子孫(男系天皇)で、女性天皇・女性皇族の子孫である女系天皇は過去にいない。女性宮家への反対論は、この女系天皇の誕生に道を開く可能性がある点を根拠としている。[編集部]

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衣笠祥雄

[生]1947.1.18. 京都プロ野球選手。京都の平安高校時代,捕手として甲子園に出場。高校卒業後,1965年広島東洋カープに入団。内野手に転向し,1970年 10月 19日の対読売ジャイアンツ (...

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