コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

姚崇 ようすう Yao Chong; Yao Ch`ung

3件 の用語解説(姚崇の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

姚崇
ようすう
Yao Chong; Yao Ch`ung

[生]永徽1(650)
[没]開元9(721).9.3. 洛陽
中国,唐の名相。陝州 (河南省陝県) の人。本名は元崇。字は元之。則天武后の時代に才能を認められて要官を歴任し,次いで中宗,睿宗から玄宗の初期にかけてしばしば宰相となり,国政を粛正し,民生の安定に努めた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ようすう【姚崇 Yáo Chóng】

650‐721
中国,唐代の名相。陝州硤石(河南省)の人。契丹対策で則天武后に認められて宰相となり,睿宗のとき中書令となったが,太平公主のために地方官に左遷された。玄宗が即位すると宰相に復活し,宋璟(そうえい)とともに開元の治の基をひらいた。太宗貞観期の〈房杜〉(房玄齢・杜如晦)とともに〈姚宋〉と称せられて,唐代名相の代表にあげられる。奢侈や厚葬を禁じ,当時の浮華な仏教のあり方を痛烈に批判した彼の遺令は,当時の社会風潮を知るうえできわめて貴重である。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

姚崇
ようすう
(650―721)

中国、唐の宰相。本名は元崇。玄宗の開元の年号を避けて姚崇と改めた。陝(せん)州(河南省)の人。則天武后(そくてんぶこう)に抜擢(ばってき)されて宰相となったが、武后朝の政治の弊害是正に努め、中宗の復位にも功があった。以後、唐朝回復後の政治の公正化に努力し、玄宗朝では宋(そうえい)とともに開元の名相とされる。合理主義者でもあり、世間の迷信を排して蝗害(こうがい)駆除を断行し、また当時の仏教信仰の行きすぎにも批判的であった。[谷川道雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

姚崇の関連キーワード河南省孫過庭白沙宋墓呉広中流の砥柱汴京名相山濤

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone