学位と職業(読み)がくいとしょくぎょう

大学事典 「学位と職業」の解説

学位と職業
がくいとしょくぎょう

中世ヨーロッパの大学で誕生した学位制度(ヨーロッパ)は,大学の教師の資格(教授資格)であるとともに,法学医学,神学の分野における学位は,そのまま法曹官僚,医師,聖職者などの専門職としての能力を有することの証明としても機能した。その意味で,学位と職業との結びつきには長い歴史がある。

[伝統的専門職と学位]

現代においても,法曹,医師など国家資格と結びついた伝統的専門職(プロフェッション)人材養成をもっぱら大学において実施している国が多く,法学,医学,神学分野における学位の取得を国家資格試験等の受験資格とすること等により,学位は特定の職業へ参入するための要件となっていることが多い。その典型例がアメリカ合衆国の専門職学位(アメリカ)である。連邦教育省の『教育統計要覧Digest of Educational Statistics』では学位の種類を準学士学士修士,第一専門職,博士の五つに分類し,このうち第一専門職学位(アメリカ)(first professional degree)について「所定の専門職に就くための学習要件の修了と,学士学位に標準的に要求される以上の専門技能水準の双方を意味する学位」と定義し,歯科学(D.D.S. またはD.M.D.),医学(M.D.)薬学(D.Pharm. またはPharm.D.)などの医学系,法学(J.D.),神学(M.Div. またはM.H.L.)の各分野の学位が該当するとしていた。ただし2011年度以降,『教育統計要覧』では第一専門職学位の分類は使用されなくなり,上記の学位の多くは現在では博士に分類されている(神学のみ修士に分類)

[新たな専門的職業の拡大]

産業・経済の発展,高度化にともない,高度な専門的知識・技術が要求される職域上述の伝統的専門職以外でも増加する。具体的には工学技術者,経営管理,公共政策,教育,福祉,医師以外の医療関連職などが挙げられよう。これらの人材の養成においても大学は重要な役割を果たしており,大学の修了証である学位が,特定の職業への実質的な参入要件としての機能を果たすことになる。

 この点においても特徴的な発展を遂げてきたのがアメリカの大学および学位制度である。アメリカでは,法令等で明確に規定されているわけではないけれども,「学術的学位(アメリカ)」と「専門職学位(アメリカ)」の区別が社会的に認知されているという。その際,大きな役割を果たしているのが,専門アクレディテーション(アメリカ)の存在である。専門職団体が主導する専門アクレディテーション機関の認証を受けることによって,当該教育プログラムが,職務遂行上必要とされる能力の獲得を志向した課程であり,その内容・水準に関しても一定のレベルを有していることが社会的に了解される。専門アクレディテーションを受けた大学・大学院の課程が授与する学位が「専門職学位」として認知されるのである。アメリカにおいてこうした学位と職業の関係が成立した背景には,伝統的に大学および職業資格に対する国家(連邦政府)の統制が弱かったことがある。大学,職業資格への国家的統制の程度が大きい大陸ヨーロッパでは,伝統的専門職以外の広範な専門的職業について,学位との対応関係が制度的に規定されている国もある。

[学位と職業のリンケージ

一方,日本のように,ある特定の学位の取得と特定の職業への就業との対応関係が多くの場合明確でない国もある。高等教育が大衆化した社会では,とりわけ学士課程において,その修了者のすべてが専門的・技術的職業に就業することはもはや期待できない。またアメリカの学士課程におけるリベラルアーツ教育のように,そもそも特定の職業との関連を想定しない課程も大学教育の重要な位置を占めている。このように職業上の専門的知識・技術と大学教育の内容との対応関係が明確でないとしても,学位は個人の一般的な知的水準に関する能力証明として,労働市場への参入時に一種の資格要件としての機能を果たしている。こうした事実は学位が表象する知識・能力あるいは大学教育が授ける知識・能力のある重要な特性を示していると考えられる。

 一般的に大学教育においては,たとえ特定の職業的知識・能力の育成を目的とする場合であっても,その職業的知識の基盤となる学術的・理論的知識の修得に重点が置かれる。さらには,そうした学術的・理論的知識を修得するためには,その基礎となる読み書き能力,コミュニケーション能力,関連領域における幅広い視野や思考様式など,コンピテンシーと称される能力の獲得も重要となる。むろんこうした能力は職種を問わず職場における職務遂行上,必要とされるし,職務がより高度かつ複雑なものになるほど高い水準で要求されるであろう。このように学位と職業との対応関係(リンケージ)は,大学教育を通じて培われる知識・能力の重層性を介して,やはり重層的な構造を有している。個別具体的な職業的能力の獲得を証する他の職業資格とは一線を画して,学位が広汎な職業への参入資格(日本)として利用されている背景には,そうした重層的な能力の養成において,長い歴史の中で形成されてきた大学教育の方法的特質が,今日においてもなお有効であると社会に認識されていることが挙げられよう。
著者: 濱中義隆

参考文献: 金子元久「流動的知識社会と学位制度」,大学評価・学位授与機構編『学位研究』17号,2003.

参考文献: 舘昭「アメリカにおける学位と専攻分野の関係について」,大学評価・学位授与機構編『学位研究』1号,1993.

参考文献: 山田礼子『プロフェッショナルスクール―アメリカの専門職養成』玉川大学出版部,1998.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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