大学事典 「学位・資格枠組み」の解説
学位・資格枠組み
がくい・しかくわくぐみ
[基本的特徴]
学位・資格枠組みとは,教育訓練システムで用いられるさまざまの学位・資格等(qualifications)を,統一的な分類規則に沿って複数レベルに分類し,学位・資格等の可視化や相互の浸透性の向上をめざす制度であり,国家学位・資格枠組み(National Qualifications Framework: NQF)として開発・導入が進んでいる。その構成要素となる学位・資格等は「証明書の形態で公的認定の価値を判断する基準や単位のパッケージ」(ILO,2007)と定義され,第三段階教育/高等教育で取得される学位・称号等とともに,職業教育訓練や学校教育で獲得される修了証や資格,称号等が含まれる。その基本単位は国ごとに異なり,アングロ・サクソン圏諸国では,教育訓練プログラム修了時に授与される学位・資格とともに,その一部分としてのモジュールや個別授業で修得される単位等までも視野に入れるのに対して,ドイツ語圏諸国では個人の人格に関わる全体性を表現するものを学位・資格として理解する傾向にある。
この学位・資格等の分類規則には,学習時間や修業年限などのインプットではなく,到達すべき「知識」「技能」「コンピテンス」などの複数次元での学習成果目標,アウトカムが用いられる。多くのNQFでは,8~12程度のレベル別基準を示す説明指標(descriptor)が設定され,これを教育関係者だけでなく,産業界,職能団体,労働組合,行政などの関係者が参画して個別分野の学位・資格等に適用して位置づけを確定していく。
[国家学位・資格枠組みの多様性と社会的ニーズ]
このNQFの範囲は国ごとに異なり,高等教育,職業教育訓練,学校教育の三つすべてを取りこむNQFが多いけれども,高等教育だけを扱うものもある。また,すべての産業・職業領域をカバーするのが通例であるが,特定の産業・職業セクターのみで先行導入がなされる場合もある。職業教育訓練についても,初期職業教育訓練は多く含まれるが,継続職業教育訓練を扱わない場合も多い。継続職業教育訓練は,公共職業教育訓練とともに企業内訓練を含み,到達すべき能力等に対応させる学習プログラムの輪郭を明確に限定し得ない場合が多いためである。
日本でも「公共の福祉のために職業選択の自由を制約するもの」として公的職業資格は理解されているが,公務員試験等の受験資格として職業選択の制約条件であるとともに,上級段階の教育への進学機会を制約する学歴等の教育修了証書を含んで学位・資格が想定される。また「学位」にしても,1991年(平成3)の学位規則改定によって,それまで称号だった大学卒業資格としての学士が学位となり,さらに2005年に短期大学士まで学位概念は拡張され,学位や卒業証書等の考え方が大きく変化してきている。
異なる文脈から発展を遂げてきた学位・資格等を統一枠組みに位置づけるNQF開発の狙いは国ごとに異なるが,共通点として学位・資格等の性格の変化,とくに教育市場・労働市場における活用の変化,そのグローバル化などを指摘できる。従前の進学・初職就業の条件としての意味だけでなく,学位・資格等は他の職業・社会経験とともに総合的に,労働移動やリカレント学習のための資質証明としての活用が期待されるようになってきている。また,教育訓練を受けた国と就業国とが異なるなどの経済社会のグローバル化がこれに拍車をかけている。
[制度展開の歴史]
歴史的には,それまで教育プログラムにおける職業的レリバンスが弱く,また職業資格などの標準化やそのための公的介入の弱かったアングロ・サクソン系諸国による,1990年代のNQF導入が注目される。NQFの名称を持つ制度はオーストラリア,ニュージーランドで1990年代に制定される。また,スコットランドのScottish Credit and Qualifications Framework(SCQF)や,イングランドの全国職業資格(National Vocational Qualifications: NVQ)などの導入は1980年代まで遡る。スコットランドのSCQFを例にとると,それはリカレント学習のための継続教育カレッジにおける国家高等ディプロマ(HND)や国家高等サーティフィケート(HNC)などの高等教育プログラムを社会的に認知し,また大学教育への編入学を促すために学校,継続職業教育カレッジ,大学のすべてのサブシステムの学位やSVQ(Scottish Vocational Qualification)などの職業資格を体系的,統合的に表現したものである。
こうしたNQFの源流を辿ると,そのルーツとして欧州大陸諸国で確立されていた教育機関,産業界,職能団体,政府などの関係者の連携協働による職業教育の質保証モデルがある。とくに,1960年代後半に整備されたフランスの教育訓練の分類枠組み(フランス)(Nomenclature des niveaux de formation)はインプット評価型の制度で,UNESCOの国際標準教育分類(ISCED)へと繫がるものでもあるが,ここには学術型教育と職業型教育による学位や資格を一元的に位置づける考え方においてNQFの原始モデルと見ることができる。
欧州諸国では,2000年に打ち出されたEUの社会・経済政策であるリスボン戦略のもとで,大学教育サイドではボローニャ・プロセスによる学習成果にもとづく大学教育プログラムの標準化・可視化への試みが展開するとともに,職業教育サイドでも2002年に職業教育訓練関係大臣による合意のもとでコペンハーゲン・プロセスが展開し,職業教育資格の相互可視性・浸透性の改善,職業能力理解の共有化,職業教育の質保証への連携が課題として追究された。それらが,2008年地域参照枠組みとしてのEQF(European Qualifications Framework)の成立につながる。この説明指標をもとにしたアウトカム評価型のEQFモデルは,EU諸国における地域内での標準化を促すとともに,欧州外でも,旧イギリス連邦諸国を経由して世界的に拡大していくことになった。2015年段階では,日本とアメリカ合衆国などを除く世界150ヵ国以上で,公式に開発・普及が進められている。
著者: 吉本圭一
参考文献: CEDEFOP, ‘Global Inventory of Regional and National Qualifications Framework', 2015.
参考文献: ILO, ‘An Introductory Guide to National Qualifications Frameworks', 2007.
参考文献: OECD, ‘Qualifications Systems: Bridges to Lifelong Learning', 2007.
参考文献: David Raffe, ‘What is the evidence for the impact of National Qualifications Frameworks ?', Comparative Education, 49:2, 2013.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報